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わたしは、エリック・サティの「ジムノペディーGymnopedie」がとても好きです。メレディス・モンクも幼少のころに好きだったと語っており、そのことが、なにかひっかかり今回の文章のきっかけとなりました。
メレディス・モンクは歌手、作曲家、映画監督、舞踊家、指揮者/振付師など多彩な顔を持つマルチ・アーティストと呼ばれているわけですが、一貫してどの作品にも"声"を表現方法としています。そして、歌ともいえないなんとも不思議な声のハーモニーはある時は、自然の音や、人間ではないような生き物のおしゃべりのように聞こえてきます。また、身体をダイナミックに使って踊りながら奏でるパフォーマンスでは、より人間の不思議さや多様な可能性を感じさせます。彼女の造り出す"声"は歌うこともできれば、言語として、楽器として、おしゃべり、違った生物や形に見えないもの…時空を越え、変幻自在です。こういった彼女の作品達は、アートの側面からも論じられるわけですが、なにより、アバンギャルドさのなかにどこかユーモアさを持ち合わせていて、親しみやすさを持ち合わせているように思います。まるで、子供の無邪気さ、残酷さ、正直さに似ています。歌うというよりも奏でるという言葉が浮かんできます。
まるで巫女のよう…と個人的に思ってしまうのですが…。とくにビデオなどで彼女の歌う様を見ると、そのいでたちに圧倒されてしまいます。生で見たらもっとすごいはず!
興味深いところで、彼女は、ポーランド系ユダヤ人 です。東洋、ユダヤのルーツが彼女にあるのです。「Book Of Days」[ECM1399]では、中世のユダヤ教徒、なかでもアウトサイダーである人を登場人物にを設定しています。それらが、現代のテレビ報道人によってインタビューされるという感じで、現代と中世の対比から、現代を予言する、ある時代から、ある時代を通じて生命の連続、永続性の感覚を伝えようと彼女は語っています。その他の作品でも表れるミニマルな反復する構成は、この生命の連続性、永続性といったキーワードが結果、反復という手法につながっているのではないでしょうか?また、彼女の中に自身がアウトサイダーであること意識しているのか?ユダヤ人
であるルーツがアウトサイダー、アバンギャルドさを多数の彼女の作品から感じさせるのでしょうか…?
ここで、ひとことに彼女の音楽がどこからやってくるか?などという答えは到底わかりません。 "それがどこからやってくるのか民俗的な背景がどう作品に影響しているかなんて、まったくわからないし、簡単に言えることはない"と、彼女自身インタビューに答えます。
ただわかるのは、わからないということ!だからこそ、なお作り続けるのではないでしょうか?
このアルバムは、映画(映像)としても独立して製作されています。聴覚だけでなく、視覚芸術にも熟知している彼女、サラ・ローレンス・カレッジで総合上演芸術プログラム専攻し、音楽を越えた表現を学び、経験したことが、すべて生かされているように思えます。
このアルバムのプロデューサーである、アイヒァ−自身も、映像と音楽の密接な係わりを重要視し、数多くの映画音楽アルバムを製作しています。このアルバムでふたりは、耳のための映像にすることをコンセプトにしたそうです。アイヒァ−のつくるその他の映画音楽アルバムもこの"耳のための映像"の可能性を現在も、なお追求しているようです。(ちなみにこのふたり、年令がひとつ違い!)
ジャズ?現代音楽というジャンルでは到底言えない、彼女独自の作品が、ECMRecordsにとっても多様な音楽性を与えてくれているように思います。
今年、60歳をむかえる彼女、その活動は止まることをしりません。
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メレディス・モンクを映像でみるなら!
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