標高2000メートルの砂漠地帯。
背丈の低い潅木が広がるだけの、荒涼とした大地をバスに揺られて行くと、地平線の先には何もありえないように思えてくる。だがバスがビレッジに到着し
、石造りのロッジの横を歩いて裏手に回った瞬間、グランドキャニオンは目に飛び込んで来る。
コロラド川が刻んだ大渓谷に、更に数々の小渓谷が加わり、その複雑極まりな
い地形の連なりが、太陽の動きと共に刻々と表情を変えていく。圧倒的自然の造形だ。青い背景に浮かび上がる赤と白の谷と谷に染み込んだ数億年の時の重みを感じた。
ヨーロッパ人として最初にこの土地を発見したスペイン人は、そこに何の価値
も見出せず、更に南を目指して去って行った。そして数百年が過ぎ、かつてスペ
イン人が見捨てたこの土地は、今では世界中から年間数百万人が訪れる世界有数の観光拠点となった。そこに、開発しない開発の一つの解答例が見えてくる
。
サウスリムと呼ばれる南の縁からノースリムと呼ばれる北の縁へ、コロラド川を
越えて、歩いて横断する事にした。直線距離
にすれば30キロに過ぎないが、しかし、ナショナルパーク・サービスの発表によれば、年間何百人ものハイカーが途中で救助されている。それは灼熱の太陽の下1500m切れ落ちた谷を越えて行く過酷な道程だが、しかし、これこそグランド・キャ二オン最大のハイライトだ
。 |
国立公園の奥深く分け入ってキャンプする時、バックカントリー・パーミットと呼ばれる許可証が必要になる。この時は3日間毎朝バックカントリー・オフィス前に並んでキャンセル待ち
をした。
やっとパーミットを貰う時、デザート・ハイクに関する安全講習のオマケも付いた。 |
コロラド川に下る代表的な道にはブライトエンジェル・トレイルとサウス・カイバブ・トレイルがあり、今回は後者を行く事にした。川を渡ればトレ
イルはそのままノース・カイバブ・トレイルとなり、ブライトエンジェル・クリ
ークを溯ってノースリムに至る。コリドー・トレイルと呼ばれ、唯一リムとリムを結ぶこの道は、1928年ナショナルパーク・サービスにより正式なハイキング・トレイルとして完成された。 |
夏のグランド・キャ二オンの気温は摂氏40度をも超え、湿度ゼロ。稜線をたどるサウス・カイバブ・トレイルには日差しを遮る場所も水場もない。
砂漠の太陽が照りつけ、容赦なく体から水分を奪って行く。汗は流れず、肌を濡らす間もなく蒸発する。皮膚には塩の結晶が残る。賢明な
ハイカーなら真昼の行動は避けるところだ。
2リッターの水と4日分の食料、テ ント、寝袋、その他諸々を詰め込んだバックパックを背負って下る急坂は辛い。しかも、道を下れば下るほど気温
は上昇して行く。 |
次第に足が重くなるハイカーを薄赤い砂埃に巻き込みながら、ミュール・ライド・ツアーの一行が通り過ぎて行く。
トント ・プラトーと呼ばれる黄色い大地を過ぎると、多くのデイ・ハイカーもいなく
なる。次第に自分の影が長くなっていく。
1人黙々と歩き続ける。
やがて谷から登って来た青年とすれ違うが、彼の姿にはいささか驚いた。バックパックを持っていない代わりに、手には大きなスポーツ・バッグがぶら下がっていた。顔にはあまり生気がなかった。無事に
上にたどり着けるのだろうか?だが仮に途中でビバークを決めても、凍死する環境でないのが幸いだ。
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砂漠の環境はそこに暮らす動物たちにも過酷なものらしい。途中見掛けたジリスは道端の小さな潅木の陰で砂上に腹ばいになり、僅かな涼を満喫していた。
ジリスの生活圏が海抜ゼロから高山帯、また砂漠から北極圏まで及ぶ事を考えると、その小さな体に宿る適応力には脱帽させられる。 |
やっと崖下にコロラド川が見えて来た。とうとうとした緑の流れが砂埃で痛んだ目に優しかった。 |