*****怪しいネットワークアドミニストレーター*****
いつものようにスポーツクラブを終えて、帰宅途中に一杯飲んで帰ろうとグラン
ドセントラルステーションにあるトゥー・ブーツに寄った。ここは元来ピザ屋な
んだけど、バー・カウンターもあって、軽く酒が飲める。ここのバーテンダーの
オヤジは25年のキャリアの持ち主。
オヤジは無気力に銀色のシェーカーを横方向へシェークしてマティーニを一杯つ
くってくれた。確かマティーニってステアするんじゃなかったっけ?まったくア
メリカンなバーテンダーだ。
しばらくすると、隣に座ってきたのは白人の男性二人、だが私の隣には1つしか
席が空いてなかったので別の席に移動しちまった。そして、入れ替わりに座った
のがブラックのオヤジ。
くたびれたペパーミントグリーンのシャツはカビの色、モスグリーンへと化して
いる。顔はドラマ「踊る大走査線」の湾岸警察署の刑事課長役、小野武彦さんに
クリソツ。新聞片手にピザをぱくつきながら、グラスに注がれたウォッカをあお
る。
オヤジは私のグラスを見て2杯目は「同じものを」と、たいていは自分が飲んで
るものと「同じものを」のはずが、私が飲んでるものと同じものをオーダーしや
がった。それがきっかけで話し始めた。
以下は、会話の抜粋。
「僕は、アメリカン・バンクでネットワークアドミニストレーターをやってるん
だ。」なぬ?どこかで聞いたことあるぞ。
「夫も同じ職業です。じゃぁかなり稼ぐんでしょう?」
「そうだね。僕はボスだから。世界中のネットワークをとりしきってるんだ。日
本に行ってる部下もいるよ。」
「大学の頃からコンピューターを専攻されてたの?」
「僕等の時代にはコンピューターのクラスなんてなかった。仕事をしていくうち
にコンピューターの必要性に駆られて自分で学んでるうちに、ここまでエキスパ
ートになったんだ。」
「それは凄いですね。」
「シスコのラウターのコンフィギュレーションなんかもやってる。」
「サーバーは何を使ってるんですか?」
「ユニックスだよ。」
彼は、ロングアイランドで生まれ、現在は奥さんと共にウエストチェスター在住
だという。子供二人はベビーシッターに預けている。
「僕は、これからメトロノースに乗って帰るんだけど、君も125丁目までなら
僕がチケット買ってやるから、一緒に電車で帰ろうよ。地下鉄よりも、格別に速
い。」
「では、お言葉に甘えて。」とホームへ。太った白人女性が一人座ってる5人がけ
の席に二人向かい合わせで座る。車掌の兄さんがチャキチャキと軽快な音を立て
て切符を回収している。オヤジは、ちょっぴりオドオドした目で兄さんの姿を追
った。
なぜにぃー?<フリオ・イグレシャスのナタリー風にどうぞ>
オヤジが財布の奥底から取り出したのは、くたびれた回数券と私のための5ドル
札。それを受け取った車掌の兄さんは「お客様の分の5ドルも必要です。」と、す
かさず言った。オヤジは渋々5ドル追加する。「そんなに高いのか?」オヤジが軽
く文句つけると兄さん、
「お客様の125丁目までの回数券は、既に有効期限が切れております。」
おいおい、オッサン125丁目に住んどるんやないけぃー。あっしを騙そうった
ってーそうは問屋が卸さないぜ。
オヤジは、ばつが悪そうに喋りまくった。「5ドルは高いよな。まったく・・・ど
うなってんだか。」オッサン、ウエストチェスターまでは、随分前から5ドル徴収
されてるぜ。とオッサンの喋りを、うわの空で聞いていた私は125丁目で、そ
そくさとオヤジ残して下車。
私たちが乗ったのはエクスプレスだったから、次の停車は125丁目から20分
ほどかかるウエストチェスター。オヤジは、そのまま電車に揺られて行っちまっ
た。その後、折り返しのチケットを買って125丁目に戻ったに違いない。
まったく、自分を演出するためにコンピューター用語だけは熟知してるオヤジが
出没するとは、けったいな世の中だ。