要らない犬猫引き取り所
動物の福祉
ロンドン南部。バタシー公園の近くにバタシー犬猫ホームがある。
日本で犬猫の引き取りといえば、うちの実家なら保健所。だいたいは注射1本でサヨウナラ、そのうちの何匹かは、姫路のサファリパークでライオンの生餌となる…と聞いたことがある。それが本当の話なのかどうか分からないけれど、要らないペットが保護の対象になるのは、まだまだ難しいと、民間の保護団体が街頭で訴えていたのを思い出す。
どの社会でも、人間のエゴによって動物は時に可愛がられ、時に虐待される。人間の生活が裕福でない社会では、犬も猫も多くは野放しで、ペットを飼うなんてゆとりもなければ、動物は動物で人間にこびずにサバイバルし、動物の本能むきだしに猜疑感を抱きながら生活している。
また逆にゆとりのある社会では、まるでおもちゃの買い替え気分で、ペットを購入する人々も。で…どうやら手が付けられなくなって来た…となると、捨ててしまったりもする。
イギリスの要らない犬猫引き取り所は、レスキューセンターと呼ばれる。ここは動物の墓場ではなく、新しい出発の場所である。バタシー犬猫ホームはその1つで慈善事業団体。テレビの番組として取り上げられ、シリーズを展開するなどして有名なレスキューセンターである。
さすがは福祉発祥の地というべきか、驚くことに、この犬猫ホームの始まりは1860年。既に140年の歴史を持っているのだ。
さてバタシー犬猫ホームの入場料は大人1人50ペンス(100円弱:このチリも積もればの寄付金も財源の一部)。主には犬であるが、犬猫を貰うつもりでなくても、見学はOK。散歩ボランティアなども募集している(その場でと言うわけではない)ので、犬好きなら一風変わった体験もできるかもしれない。
一歩入ると、オックスフォードストリート…などの名前がついた犬棟がズラリとあり、犬達が…表現は悪いが、刑務所に閉じ込められているように、檻の中にいる(犬なのだからしょうがないのだけど、英国では鎖をついている犬は散歩の時くらいなので、一瞬カワイソウに感じてしまう)。見学者は檻の横にある紙を見て、犬の特長や経歴を読むことができるのだが、「子どもOK」の犬はとっても少ない。どうやら、子どもの誕生とともに、犬への関心が子どもに移った為、犬がやきもちを焼き手におえなくなった…というケースも少なくないようである。
典型的といわれるのは、「黒い大きな犬」である。確かに一見「怖い」から手が負えなくなったら手放すというのは想像しやすい。しかし、一方では「どうして?」と思ってしまうようなかわいい子たちもたくさんいる。見かけがかわいい犬の張り紙には「見た目にごまかされないように。我が侭いっぱいの子だから、訓練されたオーナーを希望」というのがお決まりの様である。
見かけはどうであろうと、きゅんきゅうん鳴きながら、じーっと目を見つめて懇願する犬にはついついなでなでしてあげたくなり(基本的には噛まれる恐れもあるので手は出さない方が無難というか、手を出すなと書かれている。犬通の友人の話では、なでなでされると人肌がもっと恋しくなってしまうので、かえって残酷でもあるらしい。)「なんでこの子が捨てられちゃうの?」と考えると人間のエゴを感じずにいられず、数回、なんの気なしにホームを訪れたとき、私は帰路でなんだか落ち込むような気分になってしまっていた。(飼ってあげられないという現実もあって)
ちなみにその数はかなりなモノ。まだ檻の中には登場できない犬(まずは人間との信頼関係を取り戻すための訓練・体調を調える為の治療・中性化・マイクロチップの挿入が背後で行われている)も含めると、ホームに在住する犬の数は560頭ばかり。また、カプセルホテルに閉じ込められたような感じでお目見えできる猫は30匹ほどであるが、実際には120匹ほどが常にいるという。
たいていのカップルは、結婚後数年もたてば「そろそろ子どもを」と考えるのだろうが、うちの場合は「そろそろペットを…」が先に来た。
そして、何度かバタシーを訪れたのだか、その度に私達は「ああ、庭があれば…床が板張りでなくてもっとスペースがあれば…犬を飼うのに…」と言って、猫ホームの猫を垣間見た後は犬ホームを回り、「イイナア、犬」と言って決断できずに帰宅したのだった。
というのも、田舎暮らしの私にとって、猫はまだまだ「野良」が多く、小鳥や金魚というペットを食べに来るとんでもない「いじわるは悪者」であった。猫のザラザラした舌を想像するだけで身の毛もよだち…と言うほど、猫にはあまり愛着がなかった。…だが、犬は駄目で、猫なら大丈夫そう…となると猫でもいいかと思われるようになっていたのだ。実際に義両親の元には猫がいて、私があまり猫好きでないのに、あまり人間好きでもない彼らはなんだか私に馴染んでいたし、まあ、かわいいものだと思えるようにはなっていた。近所のバーミーズ猫、ガリバー(オス)もちょくちょく家に遊びに来るようになっていたし…
そして、2000年7月のある週末「猫、飼おうよ…」とバタシーに出かけた。しかし、その日は週末だけあって、面接待ちで日が去った。保護所だけあって、面倒を見切れないだろうと面接で判断されれば、見合わない動物はホストできないのだ。例えば「手におえない」タイプの犬などは、飼い主の条件がかなり厳しくなり、手のかかる「仔猫」などは(残念かつ当然ながら)共働き夫婦には向かない。猫の場合はその日のうちに引き取れるのだけれど、犬の場合は犬との面接もあり、場合によっては家庭訪問もあるのでかなり厳しい。
面接はほぼ最後で、その後の週末留守にすることもあったので、別の機会にとまた日が流れた。
そしてとうとう8月。最高の選択の為にも朝一番に出かけた。オープンの15分前ほどに着くと、私たちだけでなく、多くの同じ考えの人々が列をなしていた。
猫棟にかけこんだ私達は猫を物色した。。。「この子?あの子?」という感じで、猫には申し訳ないが品評会である… ただし、ガリバーのことを考えて、メスが条件だった。ピンク色の紙がメス(オスはブルー)である。「あの子だ」「この子だ」「この子もかわいい」「あの子はフレンドリー」「この子はプレイフル」ローレンスと2人でさんざん目移りした…
そして、ようやくリホーム担当のお姉さんに数匹のドアを開けてもらうことにした。まずはナツメグ。左右の目の色が違う三毛猫でシャイな感じの猫だった。駐車場で拾われたという、推定1歳メス。ホームに来たときには初期妊娠で、中性手術と共に子どもは堕ろされたという(多くの妊婦猫はホームで出産もしている(仔猫は結構人気がある)ので、彼女の子どもは本当に初期だったに違いない)痩せぎすのナツメグは緊張のあまりかミャオとも言わなかったが、小屋の外の様子が気になったらしく、隙を伺っては外に出ようとした。
じゃあ次は?と、担当のお姉さんに聞かれ、私は「あ。ナツメグにします。」と言った。隣の毛並みも愛想も良い猫もとっても愛らしかったのだが、きっとどの猫も手にしてしまえばかわいくなって決断できなくなるし、生き物をああだ、こうだと物色していることそのものに罪悪感も感じた。最初に出会ったこの子にしよう…その気持ちはローレンスも同じであった。
そしてナツメグは、30分後に最後のメディカル・チェックを受け、雑種猫ということで30ポンド(5000〜6000円)ほどと引き換えに(ブリードされたものはちょっと高い。それは犬も同じであるが、実際にホームでかかっている治療費などは寄付金によって賄われているので寄付の一部のようなものである。)新しい生活を我が家で始めることになった。移動のバスケットに入ったとたん、不安そうな鳴き声がミャオミャオ聞こえてきた。