先日、ポーランドはアウシュビッツに行きました。ポーランド語読みではオシフィエンチム。収容者はユダヤの人々だけではなく、収容所には最初、ポーランドの政治犯が収容されました。第二次世界大戦を引き起こす原因を作ったのがナチスドイツのポーランド侵攻。そこから、戦火は次第に拡がっていきます。
施設の中はカメラ、ビデオ撮影は許可されていましたが、見学途中からカメラを向ける気持ちが失せていきました。やはり、ショックでした。人間、ここまで遣れるのか。ゲルマン一等、とい云う考え方が収容者の対象を広げていきます。ユダヤ人、スラブ人、ロマ人と。1940年6月14日に最初の収容が始まって42年には一時28000人の収容者が居たとの事です。労働力として使える者、そうでない者の選別。収容者が所持した携行品も集められ、使えるものは総て消費財として加工、商品化していきます。眼鏡、金歯、カバンそして髪の毛は毛布として・・・。現在、年間に90カ国以上の国から60万人程の見学があるとの事。この数字は多いか少ないか? 訪れる人には若者も多いと云う事で後世に語り継ぐ施設としては有意義な建物になっていますが、アラブの国々からの見学者は無いようです。:国立オシフィエンチム博物館案内書参照
パリのルーブル美術館、ロンドンの大英博物館に「アッシリアの人頭有翼の雄牛像」があります。有名な出土品ですのでご存知の方も多いと思います。末尾に写真を紹介します。
大英博物館の「・・・雄牛像」の展示は、宮殿の門を護っていた対の雄牛像をそのまま配置で展示していますので迫力があります。正面から見ると両像とも両足をきれいに揃えてどっしりとしています。高さは約4mほどありますので、約2800年前の客は宮殿入り口で圧倒された事でしょう。そして、その宮殿の護衛に近づき両像の脇を通る時、どっしりと構えていた雄牛像は今度は大きな図体で客の横を通り過ぎようとします。
像は全部で5本の足を有しています。横から見た像は前足、後ろ足の片方をそれぞれ前方に出しています。雄牛像は動きを意識して創造されています。一つの像に「静」と「動」と言う二つの要素を備えて創造されています。
現在は博物館に展示されている芸術品(?)であっても、約2800年前には「人頭有翼の雄牛像」は宮殿の護衛で、世界の基を守ると信じられていた守護霊でした。どっしりと構えていた守護霊が、その脇を通るとき今にも動きだそうとする迫力は、現代の我々よりはもっとシンプルだったであろう当時の人々に、素直にアッシリア王サルゴン2世を畏敬させた事でしょう。
古代エジプトの世界でも「動」と「静」は重要な意味を持っていました。上記のカルナックの首ナシ像は左足を前に出しています。これは生前中の人物(ファラオ)を表現するときのかたちだと言われます。死後のファラオが表現される時は、両足はきちんと揃えられ、両腕は胸の上にクロスして組まれています。これは見た目にも窮屈な感じがして、死後の表現だと説明されればなるほどと思います。足を片方だけ前方に出した像には動きも出てきます。
見る側にどれだけインパクトを与えられるか? 恐らく、言葉より、遙かに視覚に訴える方法が重視されていたような「動」と「静」に対する思いを感じます。アスワンのラムセス2世神殿の壁画には、カディスの戦いの様子が描かれています。トロットのような馬車(戦車)に乗ったラムセス2世の壁画部分には、突き進む馬車の馬の足が何本も描かれています。馬車の動きを出そうと描かれたようです。
世界にはもっともっと古代の人達のおもしろい視覚に訴えるかたちの表現方法があると思います。
かたちに対する思い、そしてそれを視覚に訴える表現は、シンプルな方が素晴らしいと思います。
2001年06月04日月曜日 作:村上精紀
今回は建物と内外の話します。私が行きたいツアーに、アルバ・アールト、コルビジュ、フランク・ロイド・ライトの建築巡りがあります。彼等はそれぞれ自分のオリジナリティで建築物を創造しました。それぞれ自分の線を持っています。そして有機的、有機性と言う事を考えて建物を創造しました。建物だけではなくて、建物の内で使われる家具も建物の一部と考えました。ライトは当時流行った西欧の絵を部屋に飾ったりするのは嫌がったようです。彼は建物は内も外も有機的に繋がった空間でなくてはならないと考えたようです。アールトもコルビジェも自然の中に在る線を建物の中に取り入れようとしました。曲線と言うのは建物にとっては効率の悪い空間を産み出す場合が多いですが、アールトは曲線を多用しています。コルビジェも建物にいろいろな線を使っています。建物は3次元の空間に在りますからいろいろな角度から観られます。ある面から見ると直線を使っており、別の面を見ると曲線が使われている。一見落ち着かない感じの建物になるかと思いますが、全然そんなことはありません。何故か調和が取れているのです。不思議です。以前、ここでご紹介しましたがラ・トゥーレットの教会堂もまさにそのような建物ですが、全く落ち着いて周りの環境に溶け込んでいます。建物も彫刻と同じ芸術作品だと思う事があります。
3人とも自分の創造作品を産み出すときに身体全部を、五感の総てを使っています。
是非、3人の芸術作品を内外共にじっくり観て回りたいものです。私の夢の一つです。
2001年01月19日 作:村上 精紀
写真はロシアはサンクトペテルスブルグのエルミタージュ美術館の所蔵作品の一つです。画像が今一つで見にくいですがご容赦ください。作者名は忘れました。主題は「聖家族」です。以前、ここでミケランジェロの「聖家族」の感想を述べました。画家と言うよりは彫刻家であったミケランジェロの「聖家族」は彫刻的な感じもしました。この「聖家族」もミケランジェロのそれも主題は同じですので登場人物はほとんど同じです。それぞれの時代の画家たちが、彼らの創造力で彼らのオリジナリティで作品を創り上げていきました。
今回は、スペインはトレドに在るサントトメ教会の、エルグレコ作の「オルガス伯爵の埋葬」について書きます。何度も訪れているトレドは、エルグレコの街と言っても良いかもしれません。彼が描いたトレド全景の絵と、実物の街並みはほとんど変わっていませんし、大聖堂に入るとエルグレコの作品を観ることができます。その中で、世界的な作品になっている「オルガス伯爵の埋葬」はつい今し方描かれた作品のように活き活きとして観る者に感動を与えます。作品は、生前に善行を行い亡くなった、伯爵の埋葬の様子を描いています。実際に亡くなって埋葬されたのはエルグレコの時代より約300年前の話で
エルグレコは1541年ギリシャはクレタ島の生まれです。ギリシャでは主にイコンを描いていましたが後にイタリアに渡りティチアーノの許で働き、ミケランジェロを勉強して、1577年にスペインに渡りました。そして、1614年に亡くなるまでトレドに住まいを構えました。
エルグレコの生きた時代のスペインはルネッサンスからバロック時代にあたりますが、スペインルネッサンスは、長く続いたゴシック時代ほどスペイン国内での影響は大きくないように思います。ただ、エルグレコはイタリアで絵の勉強、修行をしていますので、この「・・・埋葬」にはゴシック・ルネサンス両方の要素があります。絵は、真ん中から上半分は、天国が描かれています。下半分は伯爵の埋葬に列席する人達、伯爵を埋葬するために現れた(奇跡)聖アウグスチンと聖ステファンが伯爵の亡骸を抱えています。下半分の描写は人物が横に並べられおり、その中にエルグレコは自分自身も描きました。絵のちょうど真ん中あたりに翼を持った天使が、赤ちゃんのようなモノを抱えていますが、おそらく伯爵の魂です。天使のすぐ左上にはマリアが描かれ、その左隣に右手に天国の扉の鍵を持つ聖ペテロが描かれています。一番上には両手を拡げたキリストが描かれ、伯爵の亡骸からキリストまでは、魂を抱えた天使を中間にして、一直線に垂直に描写されています。構図は水平、垂直性を利用して、一枚の画面に二つの絵が描かれました。エルグレコ自身が生きた時代ではない出来事を、彼のオリ
ジナリティで創り上げられた作品です。是非、機会があったらご覧ください。
2000年01月05日:作 村上精紀
最近,モノの裏表のデザイン或いは記載された文書等を見たり読んだりした時に戸惑った事が有りませんか? 上下に裏返ししたら,左右に裏返したら片面が逆さだったと言う経験ありませんか?
現在,手許に世界のコインが有ります。海外に出掛けて外国通貨(コイン)が手許に残りました。それぞれの国で色々なデザインが有っておもしろい。形,色と独特です。国の顔(?)と考える日本のように,手の込んだ丁寧な作りをした紙幣も有ればおもちゃ銀行の紙幣みたいなモノもある。
これらの通貨の中で各国のコインを観ていておもしろい現象に気づきました。モノには表と裏が有ります。コインにも当然裏表が有って,表に数字が表記されていると裏には菊の花や宇治の平等院が刻印されています。どこの国もこの事は同じですが,それが鋳造される時に2通りの方法が採られているのです。と言うのはこれらのデザインを観るとき,コインを上下に裏返しするか左右に裏返しにするかによって,それぞれのデザインがどのような位置関係になるか… 。一度,試して下さい。
日本のコインは左右への裏返しで裏表のデザインが正しい位置になります。上下の動きでは裏表の片面が逆さまになります。一方,上下の動きで裏表のデザインが正しい位置になるモノは,左右に動かしては当然,片面のデザインは逆さまになります。何だ,そんな事かと笑わないで下さい。四方山話のここからが本題です。
あるモノの制作者が表と裏に何かデザインを施すとき,たとえばコインに,片面を仕上げてもう片面に取りかかるとき,コインをどのように動かすか?上下に,或いは左右に。何故,この2通りなのか? 我々の身の回りのすべての「形」は,我々人間があらゆる知恵を出してこの世に送り出した「モノ」の形を有しています。今、弄っているコンピュータの有る机も使いやすい高さに造られています。 叩くキーボードのサイズ等も扱い易いように造られています。
ここでコインの話しに戻ると,何故上下と左右の動きに因る2タイプのコインが有るのか。上下の動きはコインだけではなくて,最近では,裏表にプリントされた書類等にも上下に裏返さないと片面の文書が逆さになるモノが増えています。日本本来の文書は左右への裏返しの動きだったように思います。
日本語は,文字を上から下に書き全体の文章の構成が右から左と成り立っています。しかも大戦後辺りまでは横へ文字を並べるときも右から左へと書いていますが,戦後は左から右へと外国語の書き方に変わっています。日本本来の文字・文章の構成は,文字は上から下へ文章は右から左へと,まるで森林の立木を,或いは,何本も建てられた柱を思わせる形になります。一方,欧米語は,文字を右から左へと書き連ね,文章全体の構成は上から下への動きで成り立っています。これは,ヨーロッパの建物の建て方が組積造りに因る煉瓦等の積み上げ作業に似ていると思いませんか。英語などの文書を観て下さい。一つ一つの単語がまさに煉瓦そのものです。日本語は,文章にしたときに組積造りの煉瓦の様にはなれない形の言葉です。上下に文字を書き連ねて一本の柱とし,何本も並べてその良さが出てくる言葉のような気がします。
「形」は生活する上で必要とされて産まれたモノです。その土地の環境が要求してきたモノです。 身の回りに在る「形」は,総て有機的に繋がっているモノであり様々の面を持ち合わせているとすればこの四方山話もごく小さい1断面にすぎません。
最後に,手許に有るコインの紹介をします。
左右の裏返しによるデザインの合致する国のコイン
日本,中華民国,中華人民共和国,タイ(新),インド,ロシア,エストニア, ノルウェー,ドイツ,オーストリア, オランダ,スイス,チェコ,スロバキア,ハンガリー,ギリシャ,イスラエル,英国,香港,ニュージーランド, シンガポール,カナダ,
上下の裏返しによるデザインの合致する国のコイン
USA,フランス,イタリア,オランダ,ルクセンブルグ,ベルギー,メキシコ,トルコ,韓国,タイ,
因みに手許にある外国紙幣について述べると,総て左右の裏返しで裏表の模様が一致します。
スイス以外は。(スイスの紙幣は上下,左右の裏返しの動きを要する複雑な造りです。)
1998年07月07日火曜日:作 村上精紀
添乗の仕事をやっていて時々感じる事が今回の四方山話のタイトルです。
日本人,或いはアジア人(?)の特質かも知れません。素晴らしい特質だと思いますがグローバル化されつつある世界では益々肩身の狭い思いをしなくてはならない状況になりつつあります。海外で,特にキリスト社会と言われる世界でその国の人を相手に仕事をする時,特にその事を感じます。彼等の話しの構成は,総じて[why,because」の世界で理屈(場合によっては屁理屈)を通して話が積み上げられていきますので,一見大層な話しのように見えてしまう場合があります。しかも,我々にはそのような習慣が希薄な為にいつの間にか相手のペースに填ってしまう。すごいなと,感心してしまう。しかし,これは見栄えばかり良くて中味の無いのが結構あります。これは,彼等の伝統的な建築構造そのものだと何時も感じるのですが大変な労力です。家を建てるために一個一個煉瓦を積み上げていく作業と同じです。最近の事例で言うと,恐らくコンピュータの中味も似たようなモノと思います。70年代にアメリカで発明された機械ですが,この頭脳構造は一つ一つの作業の積み上げで情報が処理されていきます。複雑な情報処理になると「高速」が要求されます。ある一つの情報処理が行われる時,一から五
までの要素に因って結果が出たとすると,それは一つの作品(情報)として完結してしまう。次に別の段階の高度な情報を処理しようとした時にこれは役立たない。何故なら作品(情報)をコンピューターが求めるとき,「一」から情報処理の作業が始まらないと目的には達しません。その為に複雑な,高度な情報処理には「高速」が必要になります。一から五に因って出された結果を基に別の作業をコンピューターは出来ませんから常に「一」から作業を始めなければなりません。
今年はじめに載った新聞の記事で面白いのがありました。香港人の財閥で30代の若い実業家のコメントです。東京に土地を買って大きなビルを建てる計画も持っています。「これから益々情報化社会になって,コンピューターは必要不可欠になっていく。そうした状況下で東京にインテリジェントビルを持ちたい。コンピューターも進化していくだろし,進化していくコンピューターを創るのは日本人だろう。」と言うような趣旨の記事だったと記憶します。何故,この記事が何時までも私の中に残っているかと言うと,日本人の中に今回の四方山話しのタイトル「一を聞いて十を知る」と言う特性が残っていれば日本人のコンピューターを創り出せると思うからです。現在のコンピューターはアメリカで産まれました。産み出した国の人々の思考パターンそのものの構造性能です。身の回りの「かたち」は,多くのモノが元々我々人間の頭の中に有ったモノで,それが表に出て来ています。当然,その人間と似たような「かたち」(構造,色,性能等々)になっています。 話しが逸れてしまいましたが,キリスト教社会の環境で育った人間(これは,取りも直さず一を聞いて十を知る。と言う芸当の出来ない人たち
です)とビジネス等で話しをせざるを得なかった状況の時,決して彼等のペースではなくこちらの理屈(屁理屈)で応じるべきです。一から入らないで三から入って行くとか,違うペースで対応すると面白いです。