宗教改革

時代はルネサンス或いは宗教革命の時代。教会の権威が落ち始め、人間が中心に考えられる時代に入っています。上記の作品も当時の時代そのまま。アダムとイブは当時の男と女のようです。彫刻を模倣した肢体ではありません。食べ物も無いのでしょうか。痩せています。アダムとイブが最も興味有る対象であると云うのは、現代のキリスト社会の人々(多くの人々がキリスト教社会と云う認識は持たなくなっているようですが、それでも)を理解するとき、やはり、この二人がいろいろな意味で「原」を持っていると思います。ここから話は確かに始まっているのです。
デューラーの磔刑図もありふれた日常風景のように描いていて気に入っています。この絵は63.5x45.5cmの作品で大きくは有りません。このサイズで他に6点有ります。縦3枚、横3枚の計9枚で完結した作品ですが、真ん中の上から2枚がありません。描かれている内容は聖家族の様子です。出エジプトや学者と問答する幼いキリスト等です。聖人達の嘆き悲しみはそれ程深刻ではありません。時代も経って、キリストの死の意味もそれほどインパクトが無くなっていたのでしょうか。太陽は東から昇り西に沈む。その時間の中で起きた出来事として描いているようです。

2004年04月05日月曜日 作:村上 精紀

                             シュンドルボン(バングラデシュ)



 バングラデシュの世界遺産の一つ、シュンドルボンと呼ばれる世界で最も広いマングローブの森の中を早朝にボートトリップした時間は日本では滅多に経験できない事でした。「静寂」そのものです。朝靄の中をボートがゆっくりと進みます。
海水と淡水の境界に棲息する木々をマングローブと呼ぶそうです。バングラデシュは一年を通して国土面積が変わります。これから雨期に入る頃になると徐々に面積が狭まっていきます。年によって国土の1/3は水の中と云う年もあります。国土を流れる大河ガンジスも水量を増やし、流れはベンガル湾に注ぎます。以前はシュンドルボンのマングローブはベンガル湾沿い河口(デルタ)を総て覆っていたと云う事ですが、現在は湾の西側インドとの国境に僅かに残るだけとなりました。そして、沖合で発生したサイクロンの被害を最初に受けるのがこのマングローブのジャングルでもあります。年々、その面積は減少しています。それでも現地は、世界一大きなマングローブジャングルと実感出来る大きさを持っています。
首都のダッカから飛行機で約1時間、バリシャルと云う街へ飛び、そこから車で約2時間南西方向へと走るます。そこはチャルカーリの船着き場。ここから本格的なリバークルージングの始まりです。
チャルカーリで船に乗り一路ベンガルデルタのシュンドルボンの中心地(ベンガルタイガーの棲息地)へ走ります。航海時間約6時間余り。保護区になっている為に投錨出来る場所も決まっています。最初の投錨場所がカチカリと云う場所。ここはベンガルタイガーが観られるポイントの近くになります。
翌日、早朝にボートに乗ったのが上の写真。この日、ベンガル虎は観られなかったけれど、その足跡は確認できました。シュンドルボン滞在中、ずっと同行した森林警備官の話では今まで見た事もない大きな虎との事でした。それほど大きな足跡でした。しかし、それ以上にあの「静寂」は何物にも替えられない貴重な体験でした。
翌日、もう一度早朝のボートトリップを体験しましたが、この日も虎の足跡を発見。今し方流れを泳いで横切り対岸へ移動した様子が分かりました。
そこは不思議な空間でした。虎がいて、鹿がいて、猿がいて、鰐も、猪も、そして鳥類もたくさん棲息しています。涅槃図を思い出しました。釈迦が80歳で入滅する時、彼の周りには諸菩薩達と共に一切の生類が集まって嘆き悲しみます。それらの生類がこのシュンドルボンにいます。シュンドルボンの雰囲気には、涅槃図を思わせるモノがありました。
植物の生態も面白です。陸地をハイキングしたとき、水辺の植物(マングローブ)と奥に入った際の植生は違います。サイクロンの影響で毎年、様子は変わるようです。年々その地域も狭まっているとの事で、この先このシュンドルボンの生態はどのように変わって行くのか? 興味深い地域でもあります。
 バングラデシュには狭い国土に仏教、ヒンズー、イスラムの遺跡が残っています。世界の三大宗教の栄華を観られる面白い処だと思います。

2003年01月06日月曜日 作:村上 精紀

シチリア

今年初め立て続けに3回南イタリアとシチリアを訪問しました。いつか行きたいと思っていた訪問地でしたので感激でした。恐らく何度行っても飽きる事のない地域です。
 観光場所、食事そしてイタリア(?)の特徴である地域性はここにも強烈に存在します。イタリアに取って地域性と云うのは大切な要素だと思いますが、このシチリアではイタリア本土とは違う異質なモノが長い間育まれてきた様子で、得も言われぬ魅力があります。
 南イタリア・シチリア=マフィアと結びつけられますが、州都のパレルモには1992年に建立された撲滅記念塔があります。その頃、イタリア検察による厳しい取り締まりでマフィアと呼ばれた人々がたくさん逮捕されました。恐らく、日本からの旅行者が増え始めたのもその頃からと思います。人々の雰囲気は落ち着いています。観光ズレした処も未だありません。しばらくは良い旅行先かもしれません。
 シチリア島は地域によって貧富の差があります。現在は島の北部、東部海岸線沿いの地域は工業化されて豊かです。島の内陸部になればなるほど豊かではないと云われますが、シチリア島を訪れて観ると、現在、豊かでないと云われる地域が古代時代には繁栄していた様子が伺えます。島の辿った歴史はイタリア本土とは違う何ものにも替えられないモノを培って来た事を感じます。上手く説明できませんが、ともかく何度も訪れなければ判らない魅力がシチリア島にはあります。
イタリアであってイタリアではない。イタリア本土とはフェリーで20分程の距離です。渡ってしまうとそこは南イタリアのカラブリア地方。東にバジリカータ、プーリア。この地域もイタリア北部、中部とは違うモノを持っています。魅力的な処です。よく南の貧しさが云われますが、地域性が持っている伝統的なモノは我々日本人が考える以上に強力なモノで、それは「イタリア」よりも「おらが地域」「おらが街」と云う意識から生まれる連帯感だと思います。そしてそこから生まれたプライドがそれぞれの地域性を創り上げているのだと思います。決して、言われるほどには貧しさは感じません。
 イタリア(ヨーロッパ)を旅行していて、ふと感ずる事があります。昔(つい最近まで、恐らく半世紀ほど前まで)日本人が持っていたモノ(恐らくプライドの類かもしれません)をヨーロッパで感ずる事があります。物質的に豊かでなくても堂々と生きています。人生を楽しんでいます。なびく事はありません。身の丈の生活をしています。そのような事をイタリア(ヨーロッパ)を旅行しているとふと感じたりします。   
 シチリア、南イタリアにはギリシャ時代の遺跡が残っています。ナポリの考古学博物館には「西方ギリシャ」のタイトルで発掘品の案内がされている本もあります。イタリアの中にあってイタリア的でない文化を感じさせてくれるのが、シチリア、南イタリアです。ナポリ近郊のポンペイの遺跡を訪れると、古代ローマ人の生活がギリシャ的影響を受けていたと云う事は判りますが、イタリアに居ながらにしてギリシャを多く意識させてくれるシチリアは魅力的です。歴史の為せる業とは言え。
 最近の世界の様子を客観的に観るには古代ギリシャ社会と云うのは面白い世界だと思います。本国を離れた古代ギリシャ社会は古代ローマ時代と巡り合って上手い具合にローマと融合していきます。と云うより高度な社会システム創り上げていた古代ギリシャを古代ローマがお手本にした感があります・・・。自分に無いモノを互いに補完し合いながら高度な地中海世界を創り上げていきます。恐らくそのような態度が取れたのは、寛容と謙虚さがあったからでしょう。
 シチリア・南イタリアはそのようないろいろな観念を抱かせてくれる楽しい処です。

2002年08月02日金曜日 作:村上 精紀

生活

写真は、スウェーデンのABBと言う企業内に有る高校の授業風景です。ABBは産業用ロボットの設計製造に関しては世界的にもトップクラスの企業です。企業にすれば優秀な従業員を確保する為に学業段階から関わりを持っていこうと言う事のようです。学校の名前にもABBが付いています。生徒は優秀な学生が集まっているので学内の競争は厳しいものがあるそうです。
会社でデスクワークをやっているのと全く変わらない教室風景ですが、学校もその事を意識していますし、学生は自主的に勉強することを求められています。学生自身もそれぞれの学業スケジュールで1日8時間の勉強をこなしていきます。
自主的に行われる学業ですので学生側にはつらそうな様子は見られません。在学中に学生自身のアイデアが発表される機会も設けられており、その作品が商品として売られる事もあります。在学中にABBが有る外国への旅行も行われています。
学生でも、意識は社会人という事を常に意識させている学校側の配慮が感じられます。
此処の学校は特別な感じもしますが、他のヨーロッパの学校を観てまわると一つの共通した意識が感じられます。
ヨーロッパは前世紀まで、或いは今世紀中頃まで貧しい国が多かったのではないかと思います。貧しいと言うのは「生きていく」「生活する」と言う意味に於いてです。哲学的な意味ではありません。単純に「生活する」と言う意味です。
多くの学校が日本の学校とは違います。西欧の義務教育年齢は多くの国で14,15歳までです。日本は高校の段階までが義務教育のようになっていますが、西欧では義務教育が終わる頃には将来の進路を決めるシステムになっています。中学2年生頃までは共通の授業を受けますが、3年生になる頃には自分が将来何をしたいか何になりたいかで進路が決まり、それに必要な授業を受けていく事になります。
当然、子供の考えですので修正が必要になる場合も出てきます。その時は途中で変更も可能なようになっています。高等教育を受けたい、職業訓練を受けたい、それぞれの進路に応じたシステムがあります。
日本の子供も西欧の子供も勉強の好きな子供は多くないと思います。何の為に勉強をしているのか分からない日本の子供達よりは、少しは幸せな西欧の子供達です。嫌な勉強を続けるよりは早く手に技術を身に付けて一人立ちしたい、独立したいと言うのが西欧の子供達です。「生きていく」「生活する」、その為に必要なモノを提供しているのが西欧の学校で、そのような教育システムになっています。
親も、早く子供には巣立って欲しいと思っていますし、親子関係でもそれぞれの個人が第一に考えられています。
勉強は決して特別なモノではありませんし「生活」の一部のはずですが、歳を重ねて、或る年齢になると私自身を知る為に、今までは分からなかった事を知る為に無性に勉強がしたくなっていきます。
本当に贅沢だと思います。

2000年11月23日木曜日 作:村上精紀


スイスアルプス

 9月下旬にスイスアルプスを回っていますが、毎日晴天の日が続くのは初めてです。写真の日は、青空が日の出から日の入りまで続き、雲一つない中アルプスのハイキングを楽しみました。
何度も訪れるスイスですがアルプスの山々を観ていつも「生きている」山を感じます。北米大陸のロッキーの山々では見られないモノが、一般の観光ルートで目に出来るのもスイス(ヨーロッパ)アルプスの特徴と思います。ヨーロッパアルプスの山は、人間の世代で言うと「壮年期」の山だと言われます。落ち着いた雰囲気の山が観光客を優しく迎えてくれます。標高2061mのクライネシャイデックから何本もハイキングコースが設けられており、なだらかな丘陵地のような場所は誰だも気軽に歩くことが出来ます。
ヨーロッパの山岳地帯を走ってみるとお分かりになるかと思いますが、全体的になだらかな山が多いのです。上り坂をしばらく走って、登り切った先は平地になっています。しばらくその平地を走ったらまた上り坂になって、少しずつ標高は高くなっていきます。
約1万年前に終わった氷河時代が創り出した自然の造形。そしてこれまでにも山は、いろいろと形を変えてきました。気温の上昇で氷河は年々後退しています。ここ10年の間でもだいぶ後退した感じがします。氷河の一部には表面に地面が見えてきて黒ずんだ所もあります。山の表面には縦に何本も黒ずんだ線が見られます。これは以前、氷雪が溶けだして流れた後です。枯れてしまった後は黒い線となって残りますし、今でも岩の間から水の滲み出ている所もあります。その回りには苔類の植物が生きていて、その後、徐々にそこに他の植物も植生していくのが想像つきます。植物は、太陽と水があれば生きていけます。アルプスの岩山にも多くの緑が見られます。そのように岩山が変化して姿を変えていく様子が分かるのがアルプスの山々です。


2000年09月22日金曜日 作:村上精紀

組積造り


前回は建物の話をしました。組積造りは西欧の伝統的な建築様式で、教会建築は煉瓦を積み上げた神の住まう場所です。20世紀になってバチカンは公会議を開いて、煉瓦等の組積造り以外の教会は認めない。と言うおふれを出します。当時、コンクリート、鉄を使った教会が造られており、神の住まう場所には相応しくないと考えたのかもしれません。確かにロンシャン礼拝堂は従来の教会と比べれば、さぞ、神様も居心地が違うかもしれません。礼拝堂の周りを巡ると、四面の外観はそれぞれ違います。写真を見て頂いてもお判りのように面白い形状をしています。いろいろな表情を見せてくれます。おそらく一面だけを観ていくと何か落ち着かない、何とも言えない感じの建造物です。しかし、何周も回って観るとそれなりに落ち着いてきます。現場で実物をみると印象は変わります。いろいろな「線」を使った結果できた 「形」のように思います。神の住まう内に入ると、外観とはうって変わり形より色を意識した空間になります。しかも自然光を利用して、窓枠の部分に塗った人工の色を上手く内部空間に溶け込ましている。天井と壁の間に隙間を設け、そこからも光を取り込んで いる。写真に見ら
れる、壁の不規則な、いろいろなサイズの窪みは窓・明かり取りです。鉄とコンクリートを使った建物で、従来の組積造りでは出来なかった事が容易に出来るようになった。


2000年03月20日月曜日 作:村上精紀

商 品



一つの旅行が終了する頃,お客様に「アンケート」なるモノを書いて頂いています。。旅行会社は,そのアンケートを基に今後の旅行を改善,企画していくことになります。色々な感想を頂きますがその中で気になる回答の項目について話します。旅行会社の現状を知って頂くのに役立つと思います。アンケートの質問方法は5段階評価で答えて貰い,各項目でコメントを求める内容が多いようです。
1:参加頂いた旅行内容に関する質問の回答について顧客の要望に合うように様々な旅行が作られ販売されてきました。しかし現状は皆さんが街で見掛ける旅行パンフレットの中2/3は催行されていないのが実状です。しかも,それらの旅行の大半は高額と言われているモノです。現在の旅行の主流は安い(金額が妥当な?)商品です。そして,それらに値を引っ張られるようにかつての高額商品の旅行が少しずつ値を下げて,それこそかつての高額商品の旅行が妥当な金額になっていると思います。しかし,それでも高額旅行商品への旅行参加者は減っています。安い商品に顧客は集まっています。何が高い,安いの基準かと問われれば難しいところですが,30万が一つの壁の様な感じがします。20万を切る旅行は好評です。まさに金額そのものが旅行の選択される基準になっています。旅行の質は2の次のようです。
旅行社は費用が安くなった旅行を,日数を減らす事で対応するようになりました。。以前でしたら10日間の日程だった内容をを9日,8日の行程にします。アンケートでは,仕事をやっている人には日程の短縮は好評です。需給の思惑が合致していますから良いことなのですが,本当に旅行を楽しめるのかるのかと思います。兎も角,忙しい行程が多くなりました。8日間でヨーローッパを回るのは…?。旅行内容を本当に吟味して参加する方はどのくらいいるのか…。実際,現地に来て愕然とする。ホテルが,食事が…。金額に見合った商品しか提供できないのは市場主義社会の理だと思いますが,理解してもらえない方が結構います。
旅行を選択するときの一つの目安になると思いますのでお話しします。旅行費用を旅行日数で割ると一日あたりの金額が出てきます。この金額が1万円台,2万円台,3万円台と分けられます。一万円台の旅行になると40人近く集まります。ホテルや食事も旅行費用に照らして手配されます。2万円台の旅行が可もなく不可もなくと言った旅行になります。3万円台の旅行になると,此の手の旅行は顧客にとっても金額的に抵抗線になります 10日間で30万円台の旅行になりますから,現在では清水の舞台から飛び降りる感じになるのでしょう。集客人数も少なくなります。そこで,日数を短縮すると8日間で24万円ですから抵抗が少なくなって集客を増やします。日程内容も盛りだくさんで贅沢に見えますが,忙しくて旅行を楽しむ時間もない。ただ,海外旅行をした。と言う印象で終わる事になります。
 海外旅行を何度も繰り返す方が増えていますが,ご自分の頭と身体を使って旅行されている方は少ないようです。総て,旅行会社・添乗員任せで本当に旅行をしている方は少ないような気がします。自分の宿泊ホテルは分からない。どこを回って来たのかも定かでない。本来,旅行は旅行者自身の感性で行うモノであり,旅行会社・添乗員はそのお手伝いをしているにすぎないと思っています。もし,そのような旅行者が増えてくれば,ご自身で旅行を創りたくなる筈です。 是非,そのような旅行,旅行者が増えてきて欲しいです。それこそ,旅行社のお仕着せの旅行からもう一歩進んだ旅行が出来ると思います。旅行を楽しむことが出来ると思います。

                                                    

1998年08月03日月曜日 作:村上精紀