四方山話「わ」編
ベアト・アンジェリコ
写真は、フィレンツェはサンマルコ教会・博物館にある壁画です。修道士達の修行空間であった僧坊に描かれています。この博物館は、フラ・アンジェリコの受胎告知のフレスコ画で有名な教会・博物館です。もともとドミニコ派の修道院として使われていた部分が博物館として再利用されています。
何故、写真がフラ・アンジェリコの受胎告知ではないのか。
受胎告知は、確かに素晴らしい作品だと思います。しかし、この時の訪問では写真の作品に惹かれました。修道士達が修行した部屋の壁にフレスコ画が描かれています。写真の壁画はベアト・アンジェリコを中心とした複数の画家による作品です。年代は15世紀初頭の作品です。下の作品も同じ作家に依ります。
面白い画だと思います。手前2人の聖人、磔のキリストは変わりばえしませんが、後ろの黒地の中に描かれた人物3人。正面を向いた2人はキリスト。横顔の人物はパウロ(?)。キリストの顔に唾をかける横顔、棍棒を持つ手、コインを渡す手と受け取る手(恐らくユダ)等々。これらを詳しく表現すると、1枚の画面には収まりません。それらをコンパクトに纏めて観る側に伝えています。一を聞いて十を知る芸当です。見方によっては手抜きです。パーツで総てを表現しようと言うのは些かキリスト社会的ではない感じがします。
恐らくこのような表現の仕方はそれ程多くないと思います。
24時間、キリストの生き様を身近にしていた修道士には容易にこの壁画を理解し得たと思いますが、身体の一部分だけを顕わしてキリストを辱める表現というのは面白いと思います。
この壁画が描かれた時期はルネッサンスに変わっていく時代でした。ルネッサンスの時代は神様よりも人間が中心の社会になっていきます。神様ではなくて人間自身が社会全般を具体化していこうと言う動きが出てきます。具体的に目に見える形で物事を表現していきます。絵画表現では、遠くのものは小さく手前のものは大きく描くと言う遠近法から、計算された焦点透視法が考え出されます。人間の目に見える現実をどれだけ正確に二次元空間の中で伝えらるか、その事に対して技巧が加えられていきます。二次元空間をどうすれば3次元的な空間に変えられるか。いろいろな人達が様々のアイデアを出して、一時代を築いていきます。
そのようなルネッサンス期の作品にしてはやはりこの作品は面白い画だと思います。
2001年01月19日 作:村上 精紀
ワールドカップサッカーフランス大会
6月10日から上記大会の添乗を依頼された。期間は1週間。11日ボルドー。13日ナント。14日にトゥールーズでの日本vsアルゼンチン戦観戦の日程である。
成田でお客様を迎えて、搭乗までの手順案内を行い彼等をを離したらすぐの読売の記者が寄ってきて「現地での観戦チケットは手に入っているか?試合は見れるのか?」と朝日新聞を手にしなが質問してきた。朝日の記事は観戦チケットが無い。足らない。と言う内容のもので読売の記者が確認に来ていたのである。私には寝耳に水の話で一瞬戸惑った。私もお客様も観戦できると信じて成田に集まった。「信じて」ではなく、3試合が組まれていた旅行だから参加し、添乗依頼が有ったから実際成田にいた。が、結果は11日以降の大騒動である。どこかに消えてしまった観戦チケットの報道でマスコミの大騒ぎである。私のご一緒したお客様も14日は観戦できなかった。本当に気の毒な結果になってしまった。紛失チケットの原因究明を期待するが、果たしてどこまで解明できるのか。
今回の事件を通して感じたことは、結局、騙された方が悪いと言う事。日頃、海外旅行に参加するお客様に、最初に話することが旅行先での治安の事である。日本は海外と比べれば遥かに住み易い。「言い方はきついかもしれませんが、海外では騙す人間と騙される人間とでは、どちらが歩が悪いかと言えば騙される方です。」 皆さん多少びっくりする。「たとえば、買い物をするときに支払いの際必ず釣り銭なり、クレジットカードの金額は、その場で確認してください。その場所を離れて、後でおかしいと気づいても間違いは訂正できませんよ。品物と金銭の受け渡しが行われた時点で売買契約は成立していますから、後で、どうこう言っても取り返しのつかない場合が多いですよ。」
「何でもその場で必ず確認してください。その時にクレームをあげてください。」「忘れ物も出てきませんよ。」等々案内している。海外で、特に欧米で仕事をするときに、常に心がけているのが確認、再確認である。それを怠って何度泣かされたことか。結局、自分が確認しなかった為に仕事を増やすことになる。誰でも自分で責任を取りたくなから自分の責任範囲以外の仕事には関知しない。同じホテル内でも担当が違うと「判らない。知らない。」の事が多い。たまに親切に教えてくれる人がいても本当に個人的な親切心からであって、その内容を100%信用する訳にはいかない。自分で確認を取るにこしたことはない。
帰国後、「毎日新聞」に載っていた記事を見て驚いたのは大手旅行代理店のコメントで、旅行業界は「信用」で成り立っている。ちゃんとした契約書はない。云々のコメント。
6月12日の英字新聞では、フランスの観戦チケット発行の協会の女性のコメントが載っていた。
「うちは正式にチケットを発券しており落ち度はない。チケットが無いと騒いでいるのは最初から有りもしないものを当てにお客を集めたのではないか。其方の方が問題だ。」
日本人とフランス人の仕事に関わる契約観念の違いが有る。いつも日本人・旅行者は足許を観られている。フランスでは容疑者らしき人物が捕まって「予審」なるものが始まったようだが、果たして、結果はどうなるのか。
大会開催日直後までエアーフランスはストライキをやるし、観戦チケットは手には入らないし。踏んだり蹴ったりのツアーだった。
14日の日本vsアルゼンチン戦では1万人程の日本人サポーターが応援できている。この事実はフランスサッカー協会にとっては今回の観戦チケットの問題を釈明する時に、自己主張する時に何よりも心強い味方である。一方、スタジアム内で観戦できなかった観客の気持ちをフランスサッカー協会にどれぐらい理解できるのか。自己主張があって、自分たちの利益がまず最初に得られて、初めて相手の立場を考慮する人間を相手にするとき、こちらも同じ土俵に上がらざるを得ない。このまま問題が尻窄みで終わったらムルロア環礁の時と同じになってしまう。被害を受けたモノが声を大にして自己主張すべきである。日本の日の丸を背負って戦ったプレイヤー同様に、日本人として。
1998年06月23日火曜日 作:村上精紀

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