空と文字(FIELD)


〜 アイルランド生活編・後半 〜
11月 12月




   Grafton Streetのカフェ、Bewley's     夜は人であふれるPub通り、Temple Bar





1996年11月
私の会話力
ー日本語までもが、、、
 さて、留学生活も半分が過ぎたのだが、果たして私の会話力は上がったのか?いや、さほど変わらないな〜(悲)。
 いやいやそんなに能天気にもしてられないのだ。なんせ大学では英米学科。英語が喋れないまま卒業するなんて嫌だ!と思ってこの留学を決めたのだ。なんとしてでもものにしなくては。
 Mariaと放課後学習をするようになったこともあって、語彙はたしかに増えつつある。でも肝心のSpeakingの方は今だ上達した気がしない。それどころか最近は日本語も怪しくなっている。日本人が少なくなって喋る機会が減ってるからねぇ。これって一種の言語障害か???と心配になるほど。果たしてあと2ヶ月で変わるのかしら?

みんなでDublinaへーLCIでばったり
 11月1日(金) 午前中の授業が終り、暇だったのでLCIに遊びに行った。一緒に小旅行をしたことのある日本人の友達のUやYに会った。今夜LCIの生徒で集まってPubに行くからおいでよと言われた。この学校の子たちはみんなすごく仲がいい。なおかつ外部の者もすんなりと受け入れてくれるのでありがたい。

 外に出ると同居人のGemmaが友達数人といた。Gemmaはこの学校ではないのだが、友達がいるのでこれから一緒にDublinaへ行くところだという。「一緒に行こう」と誘われたので、ついて行くことにした。
 Gemmaの友達に1人、日本人の女の子(R)がいた。年は私より少し上なのだが、小柄でちょっと童顔のかわいい感じ。なぜかお互い日本人と知りながらも、できるかぎり英語で話していた。Rも真剣に英語を学びに来ているので、あまり日本語はしゃべりたくない様子だった。
 Dublinaはお城で、中はDublinの歴史がわかる博物館になっている。とりわけ楽しいところでもないが、なかなか見ごたえがあった。
 今夜LCIの子たちとPubに行くんだけど、一緒に行かない?とRを誘うと特に予定はないのでOKとのこと。Gemmaたちも行くようなので、なんだかにぎやかになりそう。

すごい日本人 ースペイン人がびびった!
 夕食後、UたちとPubへ行くためGemmaと一緒にCity centreへ。待ち合わせ場所のMolly Malloneはたくさんの人でごった返している。その中にLCIの人々の姿があった。昼間一緒にDublinaに行ったRやスペイン人の人たちもいる。
 LCIに通っている日本人の女の子で、私たちと同じ15Bのバスをよく使っているNもいた。彼女にGemmaを紹介すると、「美人だねー」と言って妙に気に入っていた。

 みんなが集まり、ぞろぞろとSt. Stephen's Greenから1分のところにあるPubへ。店内には流行りの曲ががんがん流れている。いわゆる若者向けの店だ。
 中央に何やら広い空間があり、「あれは一体何だろう?」と疑問に思っていたとき、ちょうど今一番売れている曲がかかった。するとそばにいた人々が誰からともなくその空間にやってきて曲に合わせて踊り始めた。空間はステージだったのだ。
 「西洋人はすごいなー、人前であんなに大胆に踊れるなんて」と感心しながら見ていたら、いつのまにかNもその中にいるではないか。まわりに他の日本人友達も結構いたのだが、Nが踊っているのを見ても誰も参加しようとはしない。しばらくしてNが近くにいたGemmaに一緒に踊ろうと誘いかけ、ステージに引っ張って行った。Gemmaも踊るのは嫌いじゃないようで、Nと息投合して仲良く踊っていた。

 帰りのバスはNも一緒だった。NはさらにGemmaのことを気に入ったらしく、並んで座った。2人の会話はよく聴き取れなかったが、仲良くしているようなので放っておいた。しばらくしてNが家の近くになったので降りて行った。Gemmaの表情を見るとなんだか怯えている。どうしたのかと思い聞いてみると、「Nは女の子が好きみたい。私のことを食べたいって言った」と。なんとGemmaはNのことをレズだと思いびびっていたらしい。私は「大丈夫。彼女はちゃんと彼氏がいるから」と言ったのだが、それでもGemmaは怯えているようだった。スペイン人をびびらせるとは、Nはすごい奴だ。

日本の友達がやって来たーCちゃんようこそアイルランドへ
 11月2日(土) 2週間前からイギリスに短期留学をしている高校の同級生(C)が、日本へ帰る直前に私に会いに来ることになっていた。今日がその日である。2泊して3日目は早朝の飛行機に乗って帰ってしまうため、あまり時間がない。できるだけ一緒に過ごせるよう、Cと一緒にユースに泊まることにした。

 ダブリン空港へ。Cはめちゃくちゃ重そうな、どでかいスーツケースを引きずりながらやってきた。2週間の滞在なのに、一体何が入っているんだ?
 数日前に予約しておいたユースは、Christ Churchの近くのKinlay Houseというところ。大部屋だとは聞いていたのだが、行ってみてびっくり。2段ベッドが10個以上あるではないか。おまけに男の人がいる。どうやら男女相部屋らしい。先に教えてくれればいいのに、、、。Cに「こんなところでごめんね」と言うと、「私そういうの気にしないから大丈夫」と言ってくれた。こういう友達でよかった。

 まず向かったのがBray。私のお気に入りの場所に連れて行ってあげたかったのだ。DARTに乗っていけば早いのだが、それでは面白みに欠けるので、バスで行くことに。リフィ川沿いのバス停から乗車。今日は天気がいい。窓越しに差し込む日差しがちょうどいい具合だ。
 Brayに着くと、メインストリートにでかでかとそびえる教会へ入ってみた。日曜日ということで参拝者がたくさんいた。
 その後は海岸へ。海岸沿いの道をひたすら散歩。

 City centreを案内する。まずはBewley'sでお茶。アイルランドに来たらやはりこれでしょう。そしてグラフトンなどの店をちょこちょこ見て、St.Stephen's Greenのショッピングセンターへ。ここでRに電話してみる。なんでも今夜友達とパーティをするから、よかったら私も友達を連れておいでといわれていたのだ。電話してみると、パーティではなくPubに行くことになったとのこと。まあそれでもいいか、と待ち合わせの場所と時間を決めた。

 待ち合わせの場所へ行くと、Rが日本人の男の人1人と西洋人の男の人2人といた。6人で向かった先は、O'connell St.の北端を右に入ったところにあるPub。入り口を入ると入店料5ポンドを取られた。店内はかなり広いのだが薄暗く、パンクっぽい人がたくさんいる。なんだかいつも行くようなPubとは雰囲気が違う。どうやらここはPubではなくクラブのようだ。うーん、こういう場所は苦手だなぁ、、。
 Rの友達と少し会話はしたが、いまいちのりが合わない。お酒を飲みたい気分にもならなかったので、結局コーラを飲みながらRやCとしゃべって過ごしただけだった。Cもあんまり楽しんでいなかったようなので帰り道、「ごめんね、普通のPubに行くと思ったんだけど、、」と言ったら、「ああいうのも悪くないよ」と言ってくれた。Cはほんとにいい子だ。。。(ちなみにB型)

 まだ食事をしていなかったので、O'connell St.のファーストフードの店に入った。この店はなぜかポテト(Chips)が充実しているようで、いろんなトッピングがあった。だが変なものを頼んで失敗しても嫌だったのでノーマルなものにしたら、食べ終わってからちょっと後悔した。「With Cheeseって、どんなチーズが載ってるんだろ?今度試してみたいねー」と2人で言い合ってホステルに戻った。

2日目ーNational Wax Musium
 11月3日(日) 今日もあんまり予定を詰めず、のんびり観光する。まずはNational Wax Musiumへ。Londonにあるマダムタッソーのようなろう人形館だ。しかしその規模と知名度は、、、雲泥の差。しかし人気がないお陰で2人の貸し切りのような状態になり、かなりスローペースで廻ることができた。まあ入場料もそれほど高くないし(2.50ポンド)、損した気持ちにはならなかった。

 その後は再びCity centreをふらふらし、お腹が空いたところでWestmoreland.StにあるFish&Chipsのお店へ。約3ポンドで巨大なCodと大量のChipsが食べられる。始めは2人ともおいしいおいしいと言って快調だったのだが、半分ほどで無言状態に。。。脂っこいのであまりたくさんは食べられないのだ。結局完食できずにギブアップ(悲)。夕飯を食べることもできないくらいの満腹。

 夜ホステルにて、明日Cが帰ってしまうので名残りおしく遅くまで喋っていた。すると上のベッドで寝ていた女の人が動いた。どうやら起こしてしまったらしい。
 「起こしてしまってごめんなさい」と言うと、やや不機嫌そうだったが「あなたたちは旅行に来てるの?」などと聞かれて少々会話を交わした。彼女は推定年齢40歳半ばくらいのウエールズ人。1人旅らしい。しかし気になったのが彼女の英語。かなりのウエールズ訛りのようで、とても聴き取りにくい。とりあえず適度にあいづちを打って会話を乗りきった。後でCが、「あんなのが聴き取れるの?」と聞いてきたので「ほとんどわかんなかった」と言ったら笑っていた。

新しいteacherーMariaの反発
 11月4日(月) 早朝にCがタクシーで空港へ行き、私はのんびり朝食を摂ってから学校へ行く。朝食は昨日少し会話をしたウエールズ人のおばちゃんと一緒だったが、ほとんど彼女が一方的に話しをしているだけだった。どうしてもウエールズ訛りの英語が聴き取れず、会話が上手くできないのだ。「2ヶ月も留学しててこの程度か、、」と思うと自分がほんとに情けなくて学校に行ってもかなりブルーだった。

 しかしそのブルーな状態にさらに輪をかけるかのような出来事が。突然担当の先生が代ったのである。Esselの代りにやってきたのはどう見ても50歳は超えているであろうアイリッシュのおっさんteacher。どうして代ったのかの説明がなかったので、わたしたちは納得の行かないまま彼の授業を受けることに。Esselはとてもテンポのいい授業をする人だったので、そのペースに慣れている者にとって、彼ののんびりペースの授業はちょっと物足りなかった。
 一番それを不服に思ったのはMariaのようだった。いつもは積極的に質問したり、あいづちを打ったりする彼女が、今日に限ってはむすっとして、先生に質問をされてもほとんど答えない。

 あまりにMariaの不機嫌な態度が露骨なので、そのうちどんどんクラスの雰囲気は暗くなっていった。このままではいけないと休憩時間にみんなで話し合って、「Esselに戻ってきてもらえるように抗議しよう!」ということになった。すぐさま事務へ行くと、校長のいる部屋で話しをすることに。なんだかかなりの大事に、、、。
 校長の説明では、Esselは臨時に特別クラスの担当をすることになった、ということだった。いつ戻ってくるのかと聞くと、それはわからないという曖昧な返事。ますますMariaは気に入らない様子だったけど、それ以上何を言ってもしょうがないので引き下がった。

 Mariaはどうしても新しい先生が好きになれないらしく、数日後学校に来なくなった。私はその週の残りの日々を寂しく過ごした。
 金曜の授業後、偶然廊下でEsselを見かけたので「いつ私たちのクラスに戻ってくるの?」と聞いたら「来週からはまた戻るわよ、約束するわ」と言ってくれたので、それをMariaに伝えたら喜んでいた。そして翌週からMariaは無事に学校に復活した。
 この一件で、私はMariaの我の強さを思いきり感じた。日本人にはそういう人、なかなかいないだろうなー。悪い意味でもいい意味でもなく、韓国人の力強さを感じたのだった。

カザフスタンからの留学生ー第3の同居人
 月曜日の夕方家に帰るとホストファーザーに呼ばれた。リビングへ入ると、目を見張るような金髪、青い瞳の長身の美女がいた。「カザフスタンから来たLyala。同じ学校だよ」とファーザーに紹介されると、そういえば学校の事務で一瞬見かけた人だ、と思い出した。第三の同居人だったとは、、、。

 みんなで食事をしながらLyalaに話しを聞く。いつもはそれほど留学生に関心を持たないファミリーだったが、カザフスタンという国は未知のものらしく、「どんな国なんだい?」と質問していた。Lyalaの英語のレベルは決して高くなかったが、ゆっくり淡々と自分の国について話した。しかし内容がとても暗い。1ヶ月の平均所得、車1台の金額、失業率、税金etc.、、、。ファーザーが私に「日本ではどうなんだ?」と聞くのでわかる範囲で答えると、カザフスタンとの差が歴然としていてますます暗くなった。
 話しをしていて気づいたのだが、彼女は全く笑わない。今まで出会ったことのないタイプの留学生に、私もファミリーもやや戸惑い気味であった。

彼女の正体ー女優&1児の母!
 Lyalaは私とGemmaのいる留学生用の部屋とは離れた、2階の部屋に滞在していた。そのため始めのうちはさほど仲良くなれなかったのだが、日曜日にGemmaが帰国するとその部屋に彼女が移ってきて、その正体が徐々に見えてきた。
 なんと、彼女の職業は女優。確かにものすごく美人でスタイルもいいけど、身近に女優がいるなんて非現実的すぎて「ほんとかな?」と疑ったが、映画に出たときの写真まで持っていたのでどうやら嘘ではないらしかった。テレビ局の人の計らいで、英語の勉強のためにアイルランドへ来たという。自分の国のことを貧しいと言っているのに留学なんて、、、と思っていたのだが、これで納得。
 驚いたのはそれだけではない。なんと27歳にしてすでに小学校1年生の男の子の母。なおかつバツいち、、、。元だんなさんはサーカスで働いている人だとか。さらに現在の恋人はアメリカ人。結婚しようと言われているが、アメリカに移住したくないので考え中であると、、。なんだかあまりに想像外の話しだったので、私は驚きの連続だった。なおかつ付け加えておくと、彼女の金髪は染めたもの。ほんとは茶色。そういえばよくみると髪の生え際の色が、、、。ああ、恐るべしカザフスタン人。

Malahide CastleーLyalaとバスに乗って
 11月16日(土) LyalaがDublinを観光したいというので、私も前々から行きたいと思っていたMalahide Castleへ。リフィ川沿いのバス停から北へ向かうバスに乗車。運転手に行き先を告げておく。30分くらい乗っていただろうか、「Malahide」とアナウンスが聞こえたので降りてみると、観光地とは思えない場所だった。森がうっそうと茂っていて、どうやら目指す城はその先にあるらしい。

 小道をひたすら歩く。天気がいいのでちょっとした散歩気分で心地良い。歩きながらホストマザーの持たせてくれたスモークサーモンのサンドイッチをかじる。これがめちゃくちゃ旨い!!かなりの大ヒット。食べ終わった頃美しい城が見えてきた。かなり敷地が広いのにも驚いた。遠くから城を背景に写真を撮る。これは絶対いい写真になるぞ、、。
 入城料2.85ポンドで城の中を自由に見ることができる。パンフレットをもらうときお決まりのパターンで何語がいいか?と聞かれ、Lyalaがロシア語はあるか?と聞いたら残念ながらないと言われた。一方日本語はしっかりあった。
 高級な城の中というのはどこでもたいして変わりはなく、「へぇー」と感心するものの、得にどうということはない。観覧ルートに沿ってゆっくり進む。そのうち他の観光グループと同じペースに。見た感じ留学生のようだ。ヨーロッパ系が3,4人、日本人の男の子が2人。(日本語を話しているのでわかった)
 得に気に留めなかったのだが、彼ら(SとT)の方から声を掛けてきた。「日本人でしょ」と。私は日本語を一言も喋っていなかったのだが、手に持っているパンフでばれてしまった。彼らはHoner School of Englishという語学学校の生徒だった。Honerといえば近所にスティしていてよくバスが同じになる日本人の女の子Mも同じだったので、「Mのこと知ってる?」と聞いたら、「知ってるよー!」と盛りあがった。Mは高校を卒業したばかりの18歳。背が低く瞳もくるっとしていてかわいのだが、化粧がやや濃くて、はじけてて、今時の子と言う感じ。どうやら学校でも彼女の存在は有名らしい。彼らとは、またどっかで会うかもねーということで別れた。

新しいクラスメイトースイス人のYves
 11月18日(月) 今週はクラスメイトが1人増えた。スイス人のYvesだ。背は私やMariaと同じくらい(165cmくらい)で、髪は茶色のくせっ毛。英語はけっこう喋れるようなのだがあまり積極的に話そうとはしないので、おとなしい人なのかな?と思っていた。

 授業が終わり、MariaがYvesに声を掛けた。Mariaはやたらと新しい生徒に声をかけるわけではなく、直感的に「この人とは仲良くなれる」と思う人にだけ話しかける。Yvesは22歳で私たちと同い年とわかり、親しみがわいた。話しをしてみると全然最初の印象とは違い、やたらとアメリカ訛りの英語を話し、スラングもばんばん使う。なんだこの人は?と少し思わないでもなかったが、思ったことを素直に言うさっぱりした性格で、私たちはそれから毎日3人で行動するようになった。

久々の大雨&暴風ー傘が壊れた、、
 11月19日(火) この日は夜間に特別授業があるとの情報を得た。一種の教育実習みたいなもので、語学学校の“先生の卵”が授業をするので希望者は無料で受けることができるというもの。Lyalaと一緒に参加することにした。
 夕食後学校へ。やや遅れて行ってみると、なぜか扉が閉まっていて入れない。ベルを鳴らしても誰も出てこない。それでもしつこく鳴らすとようやく開けてもらえた。なんという冷たい学校か、、と思ったが、どうやらわざとではないらしかった。
 自分のレベルに合ったクラスへ。私の入ったところはイギリス人の女の人が先生だった。彼女の言うことはまずまずわかりやすかったが、他のスペイン人を中心とする生徒のレベルが妙に高く、あんまり授業に参加できなかった。もっと低いレベルにしてもらえばよかったと後悔。結局無意味な授業だった。
 学校を出ると、なんと雨はザーザー、風はビュービュー。嵐であった。もともと小雨は降っていたので折りたたみ傘を持っていたが、差してしばらくすると、、、ぐにゃっという感覚と共に骨が折れた!!こうして日本から持ってきた私の傘は、さようならとなったのであった、、、。それでも私とLyalaは必死で雨風をしのいで、いつ来るのかわからないバスをひたすら待った。私たちはそのうち気分がハイになってきて、その日のお昼に一緒に食べたチキンのことなんかを思い出して、バスがやって来るまでずっと「チキンが騒いでるー」「チキンがまだ生きてるー」とか叫んでいた。

SとTにばったり再会-Lyalaごめんね
 ある日の午後、LyalaとSt. Stephen's Green Shopping Centreを目指してGrafton St.を歩いていたら、Malahide城で出会った日本人のSとTにばったり再会した。また会うかもしれないとは言っていたけど、まさかほんとに会うとは思っていなかったのでびっくり。日本語で2人と喋っているとLyalaは言葉がわからないのでつまらなかったらしく、「先に行ってるから」と言ってショッピングセンターの方へ歩いて行った。いろいろ話しているうちにクリスマスの話になった。「クリスマスもスティ先にいるの?こっちのクリスマスって家族行事だから、よそ者は居心地悪いかもよ」と聞き、そうなのかー?とちょっと考えた。
 気がついたら15分以上立ち話をしてしまった。そろそろLyalaを追いかけないと、と思って彼らと別れた。ショッピングセンターに行ってみたが、広い店内で彼女を見つけることは簡単ではなかった。ぐるっと一周して探したけど、見つけられない。「ひょっとしてもう帰ったのかな?」と思い、急いでスティ先へ帰ったがLyalaはまだ戻っていなかった。そのとき私は、前にYちゃんと私が日本語で話していたときにMariaが不機嫌になったことを思い出していた。だからなんだかLyalaにひどく申し訳ないことをした気がして、ホストマザーにそのことを話すと「心配しなくてもきっと大丈夫よ」と慰めてくれた。
 夕食の時間の少し前、Lyalaが戻ってきた。「さっきはごめんね」と謝ると、彼女は「別に気にしてないわ」といったそぶりだったのでほっとした。

またまた暴風ー出かけない週末
 11月24日(日) 朝起きたら、外は嵐だった、、、。これまで週末はいつも近場であれ、遠くであれ、必ずどこかへ出かけていた。しかし今日ばかりはどうにもならないので、1日中家にいることにした。Lyalaも、少し前にやってきた第4の同居人のスペイン人Marieも出かけないというので、3人でLyalaの部屋でうだうだすることになった。
 始めはたわいもない話しをしていただけだったのだが、そのうち徐々に恋愛の話、さらには結婚についてと話題が進んで行った。Lyalaが自分の離婚したときの話をしたので、「私は絶対に、1度結婚したら離婚しない」と私が言ったら、えらく熱くなって「まだ結婚をしたことがないからそういうことが言えるのよ!そのうちあなたにもわかるわ」と言ったのでびっくりした。Marieは結婚こそはしたことがなかったが、20代後半のためいろいろ経験があるらしく、2人して私のことを子供扱いしていた。そうかー、私はまだ何もわかってないのかな??とちょっと考えされられた。

恋人からのバースデープレゼントーゆうパックにて
 11月26日(火) 学校から戻ると、部屋にゆうパックの箱が置いてあった。日本にいる恋人Kからだ。空けてみると、槙原敬之のニューアルバムや、ちょっとした食べ物、風邪薬、暇つぶしのためのテトリス(キーホルダー型)、などと一緒にティファニーの小箱が入っていた。オープンハートのネックレスである。私の好きな猫の写真のついたカードも入っており、開くと"Happy Birthday to you〜"というメロディーが、、、。もうすぐ私の誕生日なのだ。最近届いた彼からの手紙に「小包を送る準備をしている」とあったが、まさかこんなに早く来るとは思わなかったのでとっても感激した。
 彼がやって来る12月27日まであと1ヶ月。長いような、すぐのような、、、。彼には会いたいが、彼との旅行が終わったら日本に帰らなければならない。それを考えると複雑な気分でもある。とりあえず、毎日を充実して過ごさなくては。

バースデーの前夜ーLyalaとPubへ
 11月29日(金) 明日が私の誕生日なのでそのお祝いを兼ねて、LyalaとPubへ行くことにした。前にも来たことがある、スティ先から歩いて3分ほどのところにあるOrchardというPubだ。店内はかなり広いのだが、いつも常連客らしき人々でいっぱい。Guinnessを注文した後、なんとか席をみつけて落ち着いた。
 LyalaはここのPubがなぜかめちゃくちゃお気に入りだ。彼女からよく突然「Pubに行こう」と誘われるのだが、私は疲れていると行きたくないなーと思ってしまう。それでもしつこく誘われたときがあったので、「どうしてそんなにPubに行きたがるの?」と聞いたことがある。そしたら彼女は、"I want to enjoy Ireland."と言った。なんだかそれが私にとってはやけに印象的だ。
 私の誕生日を祝う、というのはPubに来るための口実ではないかと考えられるほどPubでは普通に飲んだ。カメラを持っていって記念撮影はしたが、Lyalaがおごってくれたわけでもないし、Happy Birthdayの歌を歌ってくれたわけでもない。
 しかしPubを出て、スティ先までの帰り道でLyalaに異変が起こった。妙にハイになって、突然ロシア語で歌を歌い始めたのだ。聞いたことのない歌だったが力強い歌で、そうかと思ったら狼のような奇声を発したりして、まるで動物に変身したかのようだった。私もお酒を飲んでいたので、何の抵抗もなく一緒になって夜空に向かっていろんなことを叫んだ(寒い、とか)。さらにLyalaは前一緒にお昼に食べたチキンのことを思いだし、「チキンがお腹で叫んでる!」などと言い出し、ほんとに狂ったような状態だった。
 その途中誰にも会わなかったのでよかったものの、誰かに見られていたらと考えるとちょっとぞっとする。だけどなかなか面白い夜だった。

最高のバースデーーMariaとYvesが祝ってくれた
 11月30日(土) この年になるとさほどうれしくないのだが、22回目の誕生日である。今日はMariaのdormitoryでささやかにお祝いしてもらうことになっている。

 City centreでYvesと待ち合わせ、46AのバスでStillorganへ。Mariaのdormitoryはバスを降り、道を渡ってほんの1分弱のところだ。その短い距離の間にYvesが"This is a small gift for you"と言って、20cmくらいの大きさの紙袋を私に手渡した。MariaとYvesからの誕生日プレゼントだ。全く予想してなかったのですごく感激した。dormitoryに着いてMariaもいる前で開けてみると、ボディーショップのシャワーセット(シャンプーや石鹸等)だった。うれしい。
 私の誕生日祝いではあるが、MariaがJapanese foodを食べたいと言っていたので、うどんを作ることになった。その代りにMariaはカレーを作ってくれる。材料は昨日二人でCity centreにあるAsian Marketに行って調達した。初めて行ったのだが、結構いろんなものがあって驚いた。めんつゆもその一つ。日本で食べてるのと全く同じものが手に入る。もちろん値段は倍くらいするけど。
 ねぎ(leekという太いねぎ)とあげを入れただけのシンプルなかけうどんだったけど、味付けはばっちり。Yvesは本日お箸に初挑戦。ぎこちなかったけど、ちゃんと最後まであきらめずに食べていた。Mariaのカレーもおいしかったけど、鍋で炊いたごはんは焦げてかなり底にくっついていた。しかし彼女は「これがおいしいの!」と力説していた。おこげごはんが好みらしい。

 食事の後はStillorgan Shopping Centreにあるボーリング場へ。アイルランドのボーリングなんておそらく、、、だろうと思っていたのだが、日本のとほとんど変わらなかった。ちゃんと機械が点数計算をしてくれる。
 その後はすぐそばのPubへ。3人でGuinnessを飲みながらたわいもない話しをした。ちょうど日本から彼が送ってくれたチョコレートを持っていたので、それをつまみにして飲んだ。何種類かのチョコレートが小分けにして箱に入っているのを見て、2人はちょっと感心していた。
 5時になり、「そろそろ夕食の時間だから帰る」と言ったら引きとめられたのでどうしようか迷ったが、前もって食べないことをマザーに伝えていないのでやはり帰ることにした。75のバスで直接スティ先へ。もう少し彼らと一緒に過ごしたかったが、今日は十分祝ってもらってうれしかった。生涯忘れられない誕生日となると思う。


1996年12月
アイルランド映画ー日本じゃ絶対見られない!
 12月1日(日) 今日は午後から、MariaとCity centreで映画を見る約束をしている。そのことをLyalaに話したら、「買い物がしたいから一緒にCity Centreへ行く」ということになり、午前中に家を出た。

 バスを降りたすぐそばに教会があり、日曜日ということで気軽に入れるようになっていた。Lyalaはカソリックなので「興味がある」と言って中に入っていった。ちょうどお祈りの真っ最中で、半分くらいの席が埋まっていた。カソリックでない人が無理に参加をしなくてもいいようにちょっと後ろに離れたところに専用の椅子があった。私はそこに座ってLyalaがお祈りを済ませるのを待った。
 しばらくして、信者が1人ずつ司祭のところへ歩み出て、何か小さなものを受け取っていた。Lyalaもごく自然に歩み出た。
 教会を出るとLyalaがさっき受けとったものを見せてくれた。それは白くて薄っぺらい、まるでエレキギターのピックのような感じのものだった。「それをどうするの?」と聞いたら、Lyalaは「知らない」と言った。

 午後になり、Lyalaと別れてMariaとの待ち合わせ場所へ。今日見る映画はアイルランド映画"Last of High Kings"。DARTの北端の駅のあるHowthを舞台にした映画だと聞いて、2人とも興味を持った。アイルランドでは映画は安い。大体3ポンドくらい。でも今日初めて来たVirginという映画館は新しく、最新の設備が整っているためやや高め(約5ポンド)。だがその価値は十分あるようだ。
 映画は高校生の男の子の、一夏の(秋だったか?)経験を描いたものだった。ハリウッドの映画にはどんなに探したってこれほどくだらないものはないだろう、と思えるくらいのものだった。けれど「これがアイルランドの映画」とわかったので私は満足だった。

実はあの白い物体は、、、ー知らないとは恐ろしいこと
 12月2日(月) Esselが困ったような、あきれたような顔をして教室に入ってきた。そして「ロシア人の子が昨日、教会でとんでもないことをしたらしいのよ」という話を始めた。「あれを持って帰るなんて、、、」最初のうちは何の話しだかわけがわからなかったが、次第に話題になっているロシア人がLyalaのことだとわかってきた。“あれ”というのは例の白い物体のことらしい。
 Lyalaは今朝学校に来て周りの人にあの白い物体を見せたようで、それを知ったカソリックの人々が憤慨しているのである。どうやらあれは受け取ったら口に含まなければならないらしく、丁寧に家に持ち帰るための代物ではないらしい。「まあ、知らなかったんだからしょうがないわね」ということで話しはそのうち収まったが、知らないというのは怖いことだとこのとき思った。

 今日は珍しく日本人の新入生が3人入った。そのうちの1人(J)は私のスティ先の隣の家に滞在していて今朝のバスが一緒だったのだが、クラスまで一緒になった。Jは私と同い年の大学4年生。すでに大手民間企業に内定していて、就職する前の最後のチャンスということで、3週間の短期留学でやって来た。このところいつもMariaとYvesと行動していたので、久々に長い時間日本語をしゃべった気がした。あとの2人もほぼ同じくらいの年で、2人は2〜3ヶ月滞在する予定とのこと。しかし何もこんな寒い時期に来なくてもいいのに、、、と私は思ったが、人にはそれぞれ都合というものがあるのだろう。

再びアイルランド映画ーやはり、、、
 12月8日(日) 今日は1人で映画を見ることにした。75のバスのDun Laoghaireとは反対の終点Tallaghtという町にある大型ショッピングセンターへ。何も予定のない休日、1人でよく出かける場所なのだ。
 特に見たいと思うハリウッド映画の上映がなかったので、勇気を持ってアイルランド映画に再挑戦することにした。"The Boy from Mercury"という、小学生の男の子が主役(らしい)の映画。しかしやはり、、、。今回は3ポンドの値打ちもないものだった。よくよく考えてみたら、「水星からきた男の子」なんてタイトルからして怪しいと疑うべきであった。今度は絶対ハリウッド映画を見よう。

日本へクリスマスプレゼントを送るーえっ、そんなにするの?
 12月12日(木)日本にいる恋人にアイルランドからクリスマスプレゼントを送ろうと思い、ちょっと前から少しづついろんな物を買い集めていた。Kが私に送ってくれたゆうパックの箱に上手に詰めて、それを抱えて近所の郵便局へ。
 たいした大きさではないのでそれほど郵送料はかからないだろう、とたかをくくっていたら大打撃。なんと36.50ポンドだって!日本円にしたら、、、5000円以上??しかしここまで詰めて送らないわけにはいかないので、泣く泣く支払った。

 翌日そのことを授業で話したら、「バカじゃないの?」というようなことを先生に言われてしまった。彼が12月末にこっちに来るのなら、そのとき手渡せばタダではないか、と。たしかにそうなのだが、とっても悔しかったので「クリスマスプレゼントなんだから、クリスマスに間に合わせることに意味があるの」と主張してみたが、「今の時期は郵便物が多いから、多分間に合わないわよ」と言われるだけだった。「それでもいいの」と言っておいたが、内心かなりショック、、。

学校でクリスマスパーティーーさみしくなるね
 12月13日(金) まだクリスマスには少し日があるが、今週いっぱいで帰ってしまう生徒が多いということで、急遽この日にクリスマスパーティーをすることになった。授業終了後、地下のビデオルームへ。
 パーティーといっても盛大なものではない。アイルランドのクリスマスに欠かせないミンスパイなどのお菓子と、コーヒーにウイスキーとクリ―ムを入れたアイリッシュコーヒーが用意され、食べたり飲んだりしながら話しをするだけのささやかなもの。ミンスパイには初挑戦だったが、中に真っ黒なあんこのようなものが入っていて、ごく普通においしかった。
 Yvesは日曜に帰国するため、今日が最後の日。Mariaも来週は生徒が少なくなってつまらないから、と言って今日で今学期は終了するという。なんだか寂しくなるなー。

Yvesとの別れ
 12月14日(土) YvesにとってDublinでの最後の夜、みんなでPubに行った。1軒目は前にLCIの子たちらと一緒に行ったSt.Stephen's Green近くの“踊れる”Pub。そこで1時間ほど過ごした後、2軒目はすぐ近くのtraditionalのPubへ。狭い店内に客がぎっしりといて、お酒を注文するのも一苦労。みんなカウンターの側で立ったまま飲んでいた。Lyalaはごちゃごちゃしたところが好きじゃないようで、Jを誘ってスティ先の近くのOrchardへ行くと言って2人で早々と帰ってしまった。
 いつもはわりとおしゃべりなMariaなのだが、この日はあまり元気がない。私ももうすぐYvesとお別れだと思うととっても寂しかった。Yvesが私たちを元気付けようとしてかこんなことを言った。「10年後の同じ日に、この場所で再会しようか」私はなんてかっこいいことを言うんだこの人はと思ったが、Mariaはあんまり反応を見せなかったので一体どう思ったのかわからない。
 終バスの時間が近づき、Yvesが帰ることになった。私とMariaはYvesと一緒に表に出た。私の終バスもそろそろ近づいてきていたのでYvesが「一緒にバス停まで走る?」と言ってくれたが、なんとなくMariaと一緒に彼を見送りたい気持ちがして、「走るのは嫌だから、ここで見送る」と言った。
 そして彼はいなくなった。ずっと3人仲良しだったから、とってもせつなかった。だけどまたいつか会える、そんな気がして涙は出なかった。

近所のお城ーRathfarnham城
 12月15日(日) 明日はLyalaが帰国する日。今日が彼女と過ごせる最後の日ということで、一緒に近所に出かけることにした。徒歩で行ける範囲に、Rathfarnham城というお城があるらしい。あまり耳にしたことがないのでさほど大きなものではないよう。
 お城へ向かう途中の道に、小さな川があった。その川の方からアイリッシュのおばあさんがやってきた。おばあさんは私とLyalaを見て立ち止まり、声を掛けてきた。「あなたたちは留学生なの?」など質問し、Lyalaが答えると今度はLyalaに対していろいろと語り始めた。彼女の英語はわかりやすかったが、話の内容がなんだか奇妙で、若者に向ける激励の言葉のようなものだった。

 おばあちゃんにつかまってから約15分後、ようやく開放された。橋を渡り川沿いを歩いてゆくとちょっとした町が見えてきた。Rathfarnham城の方角を示す看板を発見、お城に到着した。しかし城は想像していたよりもずっと古めかしく、まるで廃墟のようだった。中に入るとまさに廃墟。今まで見てきたMalahide城やBelfast城とは雲泥の差。でもこちらの方が“ありのまま”の姿を見たようで、ある意味見ごたえがあった。

 その夜、Lyalaが私の部屋にやってきた。手には大きなレコードを持っていて「これ、あげる」と言って、私にくれた。ロシア民謡のレコード。ダブリンで買ったものではないようだ。「どうしたの、これ?」と聞くと、「誰かにあげられると思って、カザフスタンから持ってきたの」と。私がその誰かになれたことがとてもうれしかった。

悲しい、悲しい別れーLyalaがいなくなって、、
 12月16日(月) Lyalaと私はいつもと同じように朝食を摂った。でももうLyalaは一緒に学校に行かない。午前中にここを出て、カザフスタンへ帰ってしまう。出かけるとき、さよならを言おうとLyalaの部屋をノックした。Lyalaは部屋を出て、私を送り出してくれた。
 Lyalaは私にさよならを言わなかった。「チキンのこと、忘れないでね」とかずれたことばかり言っていたので、私もさよならとは言わなかった。でも最後に彼女が"See you!"と言ったとき、その表情はとっても真剣で目にはほんの少し涙が見えた。

 1人でバスに乗ると、なんだか無性に悲しくなった。今まで何度となく出会いと別れを繰り返してきたけれど、これほどまでに別れを辛いと感じたことはなかった。
 学校が終わり、午後はH君と2人で映画を見に行った。アーノルド・シュワルツェネッガ―の最新作"Jingle All the Way"。かなり笑えるコメディーだった。その後ゲームセンターに行って、そろそろ時間になったのでH君と別れた。一人になったら急にまた悲しくなった。バスに乗ると、よくLyalaと一緒にこのバスに乗ってスティ先に帰ったことを思い出して、どんどん悲しさが増してきた。もうこらえきれなくて、2階の一番前の席でぼろぼろ泣いた。こんなに涙がでるほど私はLyalaが好きだったんだと、初めて気がついた。大げさだけど、そのときはほんとに走馬灯のように今までの出来事が頭を駆け巡った。わずか2ヶ月弱の生活だったけど、Lyalaがいてくれてとても楽しかった。

日本人ばかりでランチ&PubーH君とのあっけない別れ
 12月17日(火) 今週は仲のよかった外国人の友達が学校に来ていないので、午後の行動は専ら日本人の友達と共にする。前にMariaとYvesと3人で食べておいしいと思ったピザを、J、M、N、H君と食べに行くとことに。北へ向かうDARTに乗って、終点の駅Howthで降りる。改札を出て左折すると港があり、港沿いに数軒立ち並ぶ店のうちの一軒。入ってみてびっくり、なんとMariaがいた。同じdormitoryに住む韓国人の友達と一緒に。やっぱりアイルランドは狭い、、、。
 おすすめのピザはかきがたっぷりのったシーフードピザ。しかし、なんとsold out。しょうがないので他のピザを食べた。せっかくよそでは食べられないおいしいピザを、みんなに食べてもらえると思ったのに、、、。残念。

 一旦夕食のために各自家に戻り、再びCity centreへ。H君が日本へ帰ってしまうというので、最後にみんなでPubへ行くのだ。しかし残念ながらNはパス。日本から持ってきた卒論を仕上げなければならないらしい。かなり焦ってるな、、。私のように卒業を諦めればラクなのにねぇ。
 日本人ばかりでPubに来たのはこれが初めてだった。なんだか新鮮な感じ。日本人がお酒を飲むときはやっぱりおつまみだ、ということで、H君が持っていた小さなクリスプス(ポテトチップス)を3袋くらい空にした。
 そのあとはなんとなくソフトクリームが食べたくなって、Grafton St.のマクドナルドへ。めちゃくちゃおいしい。
 そろそろ帰る時間になって、バス停へ向かっているとMとH君の乗る46Aのバスがやってきた。H君は「あれに乗ろう!そんじゃぁ」と慌しく言ってバス停へダッシュしていってしまった。そしてそれを追いかけるM。H君との別れはあっという間だった。Jと私は呆然としてしまった。「私たち、H君の住所も何も聞いてないよね。ひょとしてこれが一生のお別れ?」なんともあっけないものだ。

最後のSchool excursionーIrish dancing に挑戦!
 12月19日(木) 明日で授業も最後。その前夜はSchool excursionとしてみんなでPubへ。今日のPubではIrish dancingが見られる、と掲示板に書かれていたので楽しみ。
 行ってみると学校に来ていないMariaがいた。どうせ来ないだろうと思って教えていなかったのだが、「どうして教えてくれなかったの?」と責められた。他の友達に聞いたらしいのだ。
 しばらくしてIrish dancingが前方のステージで始まった。踊っているのは50代か60代、ひょっとしたら70代か?と思えるようなおじいちゃん&おばあちゃんたち。しかしこれがなかなか上手く踊っている。
 数曲が終了すると、近くにいた人たちに「一緒に踊ってみましょう!」と声がかかった。私たちも誘われたが、恥をさらすようなものだろうからと初めは遠慮していた。しかしMariaがその気になったので踊ってみることになってしまった。
 私達素人には1人ずつ指導してくれる人がつき、簡単にステップを教えてもらいすぐさま実践。教えてもらったとおりには全然できなかったけど、みんなで一緒になって踊ったのが妙に楽しかった。

 帰りはJと2人。ちょっぴりお腹が空いたので、前々から気になっていたお店に行くことに。スティ先の最寄りのバス停で降りて、そのままバスの進行方向へ進んだところにあるFish&Chipsのtake awayのお店。特にめずらしいわけでもないが、よく地元のIrishがここで買っているのを見て、「おいしそうだなー」と思っていたのである。
 いろんな種類のフライがあって目移りしたが、とってもおいしそうに見えた巨大なチキンに決めた。店内には食べるための席はなかったが、家に持って帰るわけにいかないので、2人で店の隅っこで立ったまま食べた。しかし3分の1ほど食べたところでほとんどギブアップ。おいしいのだが、量が多すぎるのと脂っこいのとが胃にもたれる。結局チキンもポテトも半分ほどしか食べられずにごめんなさい、、、。でも、これでもう思い残すことはない、という満足感があった。

ホストファミリーにさよならーMariaのdormitoryへ移動
 12月20日(金) 最後の授業は最初に少し会話をしたあと、映画(ビデオ)を見た。映画はいくつか用意されていて、私はアイルランドが舞台のThe Quiet Manを選んだ。そしたら他のクラスメイトはみんな別のものを選んでしまい、私一人でぽつんと見ることになってかなり寂しかった。
 今日Esselは目がさめるような青い色のドレスを着ていた。どうかしたのかと思って尋ねてみると、「今日は先生たちで食事に行くの」と。終業とクリスマスを兼ねたお祝いらしい。そして授業後Jたちと入り口のところで立ち話をしていたら、先生たちが揃って帰っていった。
 Jは明日帰ってしまうし、MやNとももう特別にあう予定はなかったのでここでひとまずお別れ。「日本に帰ったら連絡するね」とお互い言って、私は1人その場を去った。彼女らとは近いうちに日本で再会できるだろう。

 私が急いで帰ったのは、これからMariaのdormitoryへと引越しをするからだ。といっても身の回りのものを持って移動するだけのことなのでたいしたことではないのだが。
 部屋へ戻り、スーツケースに荷物を詰めこむ。荷物を片付けた後の部屋は、4ヶ月前私がやってきたときと同じからっぽの状態に戻った。なんだか名残惜しいが、ためらわず部屋を後にした。
 ホストマザーに、昨日用意しておいたThank you cardとBewley'sのショートブレッドを紙袋に入れたものを手渡した。それと郵便物を転送してもらうため、新しい住所も。金曜日の昼間だったので、家族はマザーと息子さんの2人だけで見送ってくれた。よく冗談を言って笑わせてくれたホストファーザーにさよならを言えなかったのが残念。
 スティ先を出て、75のバスが来るバス停まで歩くこと約5分。スーツケースががらがらと音を立てる。ダブリンバスの時刻表はあてにならないとよく聞くが、このときばかりは本当にそれを感じた。いつもは15分に1本くらいの割合で通るのに、今日はなぜか20分待っても、30分待っても来ないのだ。12月とあってかなり寒いし、おまけに今日は風も強く、バス停で立っているのが苦痛なのに、、、。結局バスがやってきたのは1時間後。こんなんだったら急いでスティ先を出てくるんじゃなかったよ。

 dormitoryではMariaが大歓迎してくれた。私の部屋はMariaの隣。私は今まで寮生活を経験したことがなかったので、こういうのもいいなーと思った。友達がいつでも隣の部屋にいるなんて、なんだかうれしい。
 荷物を広げてしばらく部屋で落ち着いたらもう夕食の時間。メキシコ人シスター達の作る食事を初めていただく。Mariaが「薄味であんまりおいしくない」と言っていたのだが、まあ、そんな感じだった。
 夕食後Mariaが「MansoとRとPubに行く約束をしてあるから出かけよう」と言った。私は疲れていたが、彼らと会うのも最後かもしれないので行くことにした。City centreへ行くバスの中、Mariaは私の持っていた小型テトリスに夢中だった。「日本はほんとに小さい商品を作るのが得意だね」と言っていた。

神聖なクリスマス・イブ ー教会でミサに参加
 12月24日(火) 今日はクリスマス・イブ。昼間はMariaとCity centreに行って"101 Dalmatians"を見た。日本だとクリスマス・イブの当日に街に出ると、人・人・人、、、という感じだが、アイルランドの人は1ヶ月くらい前からすでにクリスマスの買い物を始めており、直前にはすでに準備は整っているのでもう出かける必要がない。そのせいだろう、City centreはがらんとしていた。

 夕食後、シスター達が教会のミサに行くのでMariaも一緒に行くという。私はカソリックじゃないのでとまどったが、誰でも参加してもいいというのでついて行った。車で数分のところにある教会はかなり大きく、中にはすでにたくさんの人がいた。どうしても場違いな気がしておどおどしていたら、Mariaが「みんながやるのと同じようにしてればいいから」と言った。
 ミサが始まった。人々が立ち上がったのでそれに合わせて私も立ち上がる。歌の歌詞が印刷された紙が渡された。しばらくすると曲が流れ、みんな歌い出した。ほとんどの人はもう歌詞を覚えてしまっているらしく、空で歌っている。私は聞いたことのない曲だったので初めは聞いていただけだったが、やがて歌詞を見て一緒に歌ってみた。すると、今この場にいる人達と気持ちが一つになった感じがして、とっても心地が良かった。その後に司祭の話などが続き、話す内容は全くわからなかったけど、なんだかすごく神聖な気持ちになれたミサだった。

 dormitoryに戻ってからは、Mariaの部屋で2人でずっとしゃべっていた。ラジオからはクリスマスシーズンの曲がえんえんと流れていた。そして12時になり日付が変わった。2人で同時に"Merry Christmas!"と言った。

恋人がやってきたー2人でアイルランド国内旅行へ出発
 12月27日(金) Mariaとのdormitoryでの生活はあっという間に過ぎ去り、気がつくとこの日がやってきていた。今夜日本からKがやってくる。夕方dormitoryを後にしてCity centreへ。Mariaが一緒に来てくれた。予約しておいたリフィ川沿いのホテルでチェックインを済ませる。狭い部屋だったが、「きれいな部屋だね」とMariaは言った。
 Mariaとは、1月2日の夜に私達がDublinに戻った時にKと3人で会おうと約束した。だからまだお別れではないとわかっていたが、なんだかさみしい気持ちがした。

 Kを迎えにダブリン空港へ。しかし着いてみるとKの乗る便は遅れるとの情報が。余裕を持って出てきたのになんとまあ。結局2時間近くそこで待って、ようやく彼はやってきた。出発直前に髪を切ったとは聞いていたが、それがさるのような髪型だったのでちょっとびっくりした。アイルランド国内旅行編 ・ 4th tripへ

Mariaとの再会ーDublin最後の夜
 1月2日(木) 5日ぶりにMariaと再会した。Kと3人でまずBewley'sへ。Kはお腹が空いているというので適当に夕食となるものをトレイに載せたが、私はこのところずっと食欲がないので飲み物くらいにしておいた。自分でもよくわからないのだが、大好きな恋人と一緒に旅をしていても、なぜかどこか気持ちは沈んでいた。帰国の日が迫るにつれて、どんどんと、、。
 Mariaと一緒にいるときの私はいつもかばんにチョコレートやらプリングルスやらを偲ばせていて、「よく食べる」という印象があったようで、Kが私のことを「小食だから」と言うとMariaは驚いていた。

 旅行の話をMariaにしていると、すぐ隣の席に座っていたアイリッシュのおばさんが私たちに声を掛けてきた。「James Joyceを知っているか?」と聞いてくるので、「知ってる」というと、なぜかJoyceについてえんえんと語り始めた。なんだかLyalaといたときに話しかけてきたおばちゃんを彷彿とさせるものがあった。

 Bewley'sを出ると、次はPubに行くことに。なんだかMariaははしゃいでいて、2人で腕を組んで歌を歌いながらGrafton St.を歩いた。そしてそれまでに何回か行ったことのあるTemple BarのPubへ。2階では生演奏の最中で、すごい人だかりだった。KはこういうPubが始めてだったので興味深々のようだったが、Mariaの表情を見ると全く楽しんでいない様子。しばらくすると「ここはタバコ臭いから、別の店に行こう」とMariaが行ったので移動した。

 次の店はさほど込んでおらず、テーブル席についてゆっくり飲むことができた。KとMariaが2人で話を始めたので、私はその様子をビデオに撮っていた。ビデオカメラを通してMariaの表情を見ていたが、時々笑うものの、なんだか寂しげな感じがした。

 今日のMariaはなんだか変だった。浮き沈みが激しくて、、。
 Mariaが明日は空港まで見送ってくれると言うので、私たちは彼女と最後の約束をして別れた。

さようなら、アイルランドーMariaとの別れ
 1月3日(金) 今日、4ヶ月間滞在したアイルランドにさよならをする。感傷に浸りたい気分ではあったが、最後の土産物探しに奔走して、あっという間にMariaとの約束の時間の3時になってしまった。
 空港へ向かうバスの中、Mariaが突然「これを持っていって」と紙で包んだ10cmくらいの大きさの四角いものをくれた。「後で開けて」と言われたので、何だろう?と思いながら私はカバンの中にしまった。

 そして別れの時がやってきた。「もう行かなくちゃ」と言った時、いつも気丈なMariaが涙を見せた。私もとっても悲しくなったけど、先を越されてしまったせいか、泣くことはなかった。だから悲しい気持ちでいっぱいにも係わらず、「泣かないで、、今度の冬に会いに行くし、毎週手紙書くから、、、」と言って無意識にMariaをなだめていた。
 私たちが先に搭乗口の方へ歩き出した。途中で降り返ってみたら、Mariaはもう背中を向けて歩き始めていた。

 飛行機が離陸した。どんどんアイルランドの大地が遠くなる。そしたら自然に涙が出た。悲しくて、悲しくて、止められなかった。声を殺して、隣にいるKにも顔を見せずに静かに泣いた。
 すっかりアイルランドから遠ざかって少し落ち着いた時、Mariaからもらったものを開けてみた。それは韓国人の歌手のカセットテープだった。一緒に入っていた手紙には、こう書いてあった。

    I'll never forget you and our pleasure in Dublin. ・・・
    Don't forget to keep studying English as well as Korean.
     When we meet each other in next winter, I'd like to hear your Korean.
    This Korean tape is a present for you.
    Keep it and whenever you listen to this music, I hope this music makes you ring the bell to remind of me.
    See you next winter with same our hearts. Bye.

                                                 Jan 3. 97  Your friend , Maria
空と文字(FIELD)
アイルランド国内旅行編へ

トップ アイコン
トップページへ戻る