|
|||||||||||
シュタイナーと神智学先日、友から電話があった。彼は、シュタイナーに非常な関心を寄せているのだが、私にこう言うのだった。『昆虫記』で有名なファーブルの『植物記』を手に入れて読んだが、とても面白かった。ファーブルがしたように、植物観察をすることは、子供の教育のために、素晴しいのではないのか?こうしたことはシュタイナー学校でも応用できるのではなかろうか? 私は彼の意見を深い共感とともに肯定する。私たちの心の動きに法則性を見出すのは容易ではないが、植物の変態・成長を感覚を働かせて追うこと、その成長を再体験してみることは、真実を探究するための思考の基礎となる「事実」を与えてくれる。暗き土中を、ヒンヤリとした根は地球の中心へと伸びてゆく。茎は、背筋をピンと伸ばして、はるか遠き太陽へと向かってゆく。葉は、日光を余す所なく受け入れることができるように、その平面を太陽光線に対して直角にしようとする。こうした表現が不正確だとすれば、太陽へ向かう根や、地中へともぐりこむ茎を想像するのは自然に反する、と言おう。現代の混迷が人間性への疑わしさから発するものなら、地球に住む同朋たる植物から、人間の秘密の一端を知ることは、大きな意味を持つに違いない、私たちにとっても、未来の人類たる子供たちにとっても! もう一つ、彼の話から感じたことがある。邦訳されたシュタイナーの著作の多くを一全てを、かしら一読んだ彼すら、シュタイナーの出発点がゲーテの植物論、自然科学論の解説であったことを軽視している、ということだ。『ゲーテ自然科学論集解説』など、彼の最初期の著作の十全な翻訳が未だないこともあるが、少々不満に思った。私は、シュタイナー学校では生き生きとした自然観察が、子供達による植物への働きかけが、実践されていると信じる。それは決して、ゲーテの自然科学論を読ませて子供の知力に訴える、という形をとらず、手足に潜む意志を目覚めさせ、心臓の動きと関連する感情を動かせ、それが最終的には頭部に在る思考と結びつく、という形をとっているはずだ。シュタイナーが語ったこと、実践したことが、絶対的ドグマとして教えこまれるのではなく、成長した子供たちが自らゲーテやシュタイナーを学ぽうとした時、彼らが考え実践したことが自らの内から生まれてくる、そんな教育法であるはずだ。 去年のある日、市村温司さんは、「農業をやるなんて気張らずに、プランターで菜ッ葉を育ててみなさいよ。結構難しいんだから」と言って、種子を一袋、私にくれた。それは、私に、特別な意味を持つようになったが、朧げにしろ意識的にそのことを理解するには、かなりの月日が必要であった。 シュタイナーは、私たちの内に潜む能力を引き出すために、植物が種子である段階から成長し、花を咲かせ、再び種子に帰るまでを、想像してみよ、と言う。植物の成長段階を時間の流れに沿って生き生きと想像できるようになったら、今度は時間の流れをさかのぼって植物の変態を観察してみよ、と言う。こうした記述は非常に簡単だが、これを実践すること、記述にふさわしい意識の高さを獲得することは、それほどたやすくできるものではない、もし、現代人の生活が二十世紀初頭の人々のそれと比較する時、自然からはるかに乖離しているとしたら、植物の変貌の推移を、自然に即して想像することができなくなっている、としたら、シュタイナーの説いた瞑想の行を行なう根底が崩れている、と言えまいか? 植物を育てる、ということには、もう一つ見逃してはならない利点がある。植物の生命維持・育成に、積極的に「参加」することによって、私たちの誤りがちな思考・理論・仮説が、「現実」による、絶えざる修正を受けられる、ということだ。不可視の世界に不用意に旅立つ人は、自分自身の感覚のゆがみをそのまま反映した像を、得ることになるだろう。昨今は、精神世界の本がブームで、シュタイナーもそうしたオカルティストの一人と見なされて、マダム・ブラヴァツキーやグルジェフと同列に論じられることが多いが、私にはそうした観点がシュタイナーを学ぶのにあまり役立つとは思えない。私は、シュタイナーを深く知るために秘密結社の歴史を文献によって研究する人に与しない。私は、シュタイナーを知るには自分が無知すぎると感じ、種子を蒔くことから始める人、今まで自分が不注意に見逃してきた現実を直視することから始める人、彼の名を知らずとも自分に厳しく、世の荒波にもまれても「自我」の炎を消さず燃えたぎらせてきた人の側に立ちたいと思う。 私は、ここで、英語圏に人智学を伝えるのに多大な貢献をなしてきたオウエン・バーフィールドの「東洋から西洋へ」から、その一部を掲載してみたい。この論攻は、1929年、オクスフォード大学のロータス・クラブで読まれたもので、『成熟したロマン主義』(Romanticism Comes of Age) にある。 「東洋から西洋へ、或いは西洋から東洋へと移行することと、一方から他方へと飛躍することとの間には、違いがある。十九世紀の閉幕が追る頃、マダム・ブラヴァツキーがロンドンに到着し、彼女の周辺に、ロマン派とロマン派志願(その中には、たとえばウィリアム・バトラー・イェイツがいる)のサークルを引き寄せた時、私たちが関与することになるのは、西洋から東洋への心理的飛躍である。つまり、マダム・ブラヴァツキーの霊感から生まれた現代神智学協会は、本質的に、想像カの自然な発展理論、西洋の土壌に深く根ざした理論に基づくものではなく、ブラヴァツキーが我が「導師達」と呼んだ神秘的存在達によって与えられた啓示に基づいている。私は、彼女の主張を嘲笑する気は毛頭ない。これが、私の知る限りでは、彼女の出発点であったと言っているにすぎない。」 この後、バーフィールドは、ドイツのロマン主義運動における役割を的確かつ平易に述べた後、ゲーテについて、そしてシュタイナーについて筆を進めてゆく。バーフィールドの視点は、西洋史全体に及んでおり、人智学を学ばんとする人々に多くの刺激的示唆を与えうるものなので、機会を見て、さらに詳しく紹介してみたいと思う。 さて、バーフィールドは、次のように続ける。 「シュタイナーには言いたいことがたくさんあった。耳を傾けたいと願う人々には、話さねばならないと感じていた。だから、神智学協会が、彼らと共働しドイツ支部事務総長として活動するように頼んだ時シュタイナーは拒ばなかった。私は、敢えて、この事件を悲劇的なことと呼ぶ。なぜなら、私は一方では、シュタイナーが上手に断わることはできなかっただろうと思うものの、他方では、疑う余地もなく、神智学協会とのこうした一時的関係のために、彼自身と彼の仕事に対して、相当な不必要な偏見がー特に、我がイギリスにおいてー生じてきたし、このために、これからも彼の速やかな評価は、さまたげられることになろう。神智学協会と共働するのに同意する際に、シュタイナーは、最初から自分の表現と活動の選択において自由を全うする権利を留保していたということに、目を向けるのは大切なことだ。神智学協会ドイツ支部の設立会議が、彼自身をその事務総長として、行なわれているまさにその日に、シュタイナーは、「人智学」と銘打った公開講演をしたのである。」 シュタイナーの始めた事業は、過去の総決算であるというよりは、新しい時代への偉大な先駆であるのではなかろうか? 私たちは、新しい時代にふさわしい言葉を、意識を、世界を見つけるためにこそ苦しむべきではなかろうか? 「新しい着物を切って、古い着物に継ぎをする者はない。そんなことをすれば、新しい着物も疵物になり、新しいのから切った継ぎも古いのに合わない。また、新しい酒を古い皮袋に入れる者はない。そんなことをすれば、新しい酒は皮袋を破って流れ出し、皮袋もだめになるであろう。新しい酒は新しい皮袋に入れねばならない。また、古い酒を飲んだ者は、新しいのをほしがらない。『古い方が甘い』と言って。(『ルカ伝五章』) このようにはっきりと表現できた人は、私たちのはるか先にいる。地上に一回限り受肉したその人が話したその言葉の十全な意味内容を汲みとるためには、私たちは、何度も何度も学び直さなければならないであろう。 シュタイナーは、自然科学研究に沈潜するのと同時に、その陰で秘密の行法を実践していた、だから、私たちはその秘密を探り出さねばならない、と思う人もいるかも知れない。しがし、『神秘的事実としてのキリスト教と古代密儀』で、彼は、古代密儀の秘密、誰もそれまで明晰な意識で捉えることがかなわなかったことが、白日のもとに開示された、と述べていないだろうか? 少なくとも私には、植物の変態を私の内側で再体験することが、聖書をより楽しく、より深い畏敬の念をもって読む契機となっている。かくして私は、G・グローマンの『植物』を、ファーブルを愛する友に貸し出すことになったのである。 初出:「ゆずり葉」32号 かなや工房(金谷博雄) 1985年8月発行
|
|||||||||||