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花粉症の話から昨日も知り合いが鼻をぐすぐすしているので、どうしたのかと聞くと、花粉症でしかも風邪も引いてしまったとのこと。すぐ後には、こんなことがあった。目の前の女の子が突然思いつめたように立ち上がって、目があけていられなくなったので、少し席をはずしていいかと言う。後でいろいろ聞くと、やはり花粉症だという。朝日や毎日といった新聞の予報には花粉情報が含まれないが、NHKの春の気象情報にはスギ花粉の情報が含まれていて、ほとんど春を知らせる季語になっている。老若男女をとわず、ある年ある日突然に花粉症になるというのだが、悩んでいる人にはさぞ憂鬱な季節であろう。鼻の粘膜だけではなく、目がかゆくなるし、耳だれが出るほど症状が進む人もいる。若い友人に、耳は大丈夫かいと聞くと、耳と喉の中間のあたりがかゆいという。 ご存じのように、花粉症のこのような症状はすべてアレルギー反応だ。第二次世界大戦の前後に早急に植林を進めたため、短期間でよく育つ杉の苗を一斉に裸の山に植えて、その後戦後のどさくさや営林事業の不行き届きなどから放置した。今やその杉が、春を運ぶ、折からの強風に乗じて、春先に爆発に花粉を散乱させている。日本で最初にスギ花粉症が見つかったのは、1963年のことだ。杉並木で有名な日光で患者が見つかった。 ここで不思議なことがある。日光の約一万三千本の杉並木は17世紀の前半に植えられたものだ。三百年というこの時間差はどう説明すればよいのだろうか。スギは毎年多少の差はあれ、花粉をまき散らしてきただろう。それなら、なぜ当時の日本人は発症しなかったのか。杉に変化がないなら、日本人のほうが変わったのだろうか。 現在では日本人の4人か5人に1人は花粉症だという。60年代に見つかって、それ以降増加の一途をたどっている。もちろん開放家屋からアルミサッシで密閉された住宅へと変化し、アレルギーの原因となるダニやホコリが増えたことや、食品添加物が増加したことも原因だろう。汚染された空気や水といった、環境汚染も原因だろう。しかし、他にも原因があるのではなかろうか。 非常に大胆な仮説が提唱されていることを最近知った。つまりおなかに虫がいると花粉症にならないというのである。数年前にベストセラーになり、週刊誌やテレビでも大々的に話題となったらしいが、私は不思議と読んだり見た記憶がない。文庫本が出版されるにあたり、週刊誌の書評でその本が取り上げられたことから今回いろいろと読んでみた。東京医科歯科大学医学部教授の藤田紘一郎先生の『笑うカイチュウ』をはじめとした数多くの著作である。オジさんの駄洒落に閉口しながらも読みすすめると、なかなかに興味深い。藤田先生の提唱する仮説とは、カリマンタン(ボルネオ)島の山奥、密林地帯に住むダヤック族との生活体験と関係がある。ダヤック族は昔は首狩り族といわれた人々だ。蛇足ながら、このような人々の精神生活を下等と言って切り捨てることはできない。少なくとも私にはできない。ダヤック族の祭礼・儀礼と結びついた芸術工芸品は、やわな現代美術が到底かなわない峻厳な美に貫かれている。私は懇意にしてもらっている画廊でダヤック族の優品をいくつも見たことがある。 さて、「ダヤック族の人々は例外なく2〜3種類の寄生虫に感染していた」が、「年長者に多少の貧血がみられた以外に、とくに病気はみつからなかった。」トイレのすぐそばに水浴び場があり、大きな川は暗褐色をしている。ここから寄生虫感染が生じるのだが、「子どもたちはみんなあかるく、元気ではつらつとしていた。アトピー性皮膚炎はもちろん、花粉症などのアレルギー症状のある子どもはまったくみられなかった。」 「寄生虫といえども何かヒトに良いことをしているに違いない」ここから免疫反応の研究が始まった。 「その結果、寄生虫はヒトの体内にスギ花粉やダニなどと結合しないようなIgE抗体を大量に産出し、アレルギー反応を起こす「肥満細胞」の表面をすっぽり覆ってしまっていることがわかった。それが結果的に、ヒトにアレルギー反応を起こらないようにしているのだった。」 この研究成果は日本アレルギー学会で藤田教授によって発表されたが、当時は賛同を得られなかった。占領軍の強い指導下で回虫駆除に努めた結果、1960年代半ばに日本人の寄生虫感染率は10%を切った。まさにこの時期に、花粉症などのアレルギー鼻炎、アトピー性皮膚炎、気管支ぜんそくなどのアレルギー疾患が突如出現し、寄生虫感染の低下と反比例して増加していったのである。このような統計的事実も説得力をもたなかった。 ところが、意外なところから援軍が来た。1995年にドイツの新聞が次のように報じた。「花粉症の急増の原因は寄生虫の減少。ハンブルク大学医学部発表。アレルギー病治療に光明。」ドイツ国内の9〜11歳の子ども約八千人を対象に花粉症の罹患率を調べると、旧東独の子どもの罹患率は2.7%なのに、旧西独の子どもは8.6%だった、この傾向は他のアレルギー疾患でも同様で、旧西独の子どものほうの罹患率が2〜3倍も高かった。同一民族であるから、体質の違いは考えられない。東独の大気汚染など公害のひどさ、農薬、添加物の規制のゆるさを考えると、不思議である。ところが、旧東独の子どもたちはIgE抗体の値が明らかに高く、それは回虫などの寄生虫感染によって引き起こされたものだったのだ。 「つまり、旧西独の人々に花粉症などのアレルギー症状が多く見られるのは、生活水準の向上により、寄生虫が減っていることが関係していると、ハンブルク大学の研究者は結論づけたのだ。」 もちろん、寄生虫感染とアレルギー疾患の因果関係が学問的に異論の余地なく立証されたというわけではない。しかし非常に興味深い調査結果である。 アレルギー疾患の増加に関して、別の、非常に有力な説が登場してきた。細菌感染が花粉症を抑制するという説である。現実に、日本の結核の罹患率の推移は寄生虫感染率の推移とほぼ一致するのである。つまり結核が激減するに逆比例してアレルギー疾患が激増しているのである。 日赤和歌山医療センターの榎本雅夫部長が「結核のBCGを受けた子どもは花粉症になりにくい。何度も追加免疫を受けた子どもほど花粉症になりにくい」という研究データを権威ある科学誌『サイエンス』に掲載し、細菌感染が花粉症を抑制することを統計学的に明確にした。 つまり、花粉症を抑制するものとして、結核などの細菌感染と寄生虫感染が有力になったのだ。残念ながら、ここで詳しく述べることはできないが、前回私は癌の対極としての結核の役割について触れたが、免疫系のはたらきと関係付けてこれまでに記したことを考えると、いろいろと興味深いことが分かってくる。 さて、いずれにしろ、アレルギーを抑制するためには細菌や寄生虫に暴露されるべきだという乱暴な結論に達しそうだ。実際、藤田教授には『清潔はビョーキだ』という著書がある。しかしインフルエンザにしろ日本脳炎にしろコレラにしろ、ウイルスや細菌に感染した状態であることは確かなのだから、除菌や抗菌や殺菌によって絶えず清潔にしておくことは衛生上非常に大切なことではなかろうか。 しかし、この考え方は絶対的に正しいということはできない。つまりキャリア(保菌者)になることとそれを発症することは別のものなのである。 シュタイナーは労働者によく次のように話している。たくさんのウイルスに「爆撃」されるから病気になると思っている人が多いが、もしそうならば、同じ場所で同じようにウイルスにさらされたのに、人によって重い症状を呈したり、何ともなかったりするのをどう説明するのか。このようなシュタイナーの話は当時専門家の間でもまだほとんど話題にすらなっていなかった免疫系に関する洞察を含んでいるように、私には思えてならない。 では、異常な清潔さが病気を招く具体的な例を、藤田先生に倣って挙げよう。埼玉に住む私たちは今でもあの事件を憶えているだろう。1990年に浦和の幼稚園で病原性0-157の食中毒事件で2名の死者が出た。しかし、この時も感染者の30%は全く無症状、60%が下痢のみだった。感染者の10%が溶血性尿毒症症候群のような合併症を起こした。 3割無症状、6割軽症、1割重症という割合いが他の集団中毒でもふつう見いだされている。岡山で食中毒事件があったときも、同じ割合いだった。ただし、このときは東京医科大の中村明子教授が「清潔度」のチェックもあわせて行った。「感染者の児童のうち、重症になった1割の子どもはすべて神経質で「超清潔志向」に育てられた子どもたちであった、という。」 『日本人の清潔がアブナイ!』には福岡の保育園で起きた0-157の集団感染のもう1つの例も出ている。初発者1名が下痢をしただけで、他の感染者26名は無症状の、健康保菌者だった。園児が157名いて、感染者は27名、そのうち下痢をした者が1名だった。27分の1、つまり3.7%という発症率の原因は何か。通常なら10%のはずである。 「この保育園での0-157の発症率が3.7%と非常に低かったのは、日頃から園児に泥んこ遊びをさせ、(発酵食品を含む)この独特な給食メニューで園児に食事をさせていた園長先生の指導の結果であることは間違いないだろう。」 たくましい子どもを育てる例として、藤田教授は次のような学校を挙げている。 「スウェーデンに「スタイナー校」という小学校がある。設立者スタイナーの考えのもとに、この学校は自然とともに生きることを目標に掲げている。この児童には抗生物質を使用させず、ワクチン接種も最低限にしている。その結果、ハシカやオタフクカゼにかかる率は高い。 最近、この学校の児童と近くの普通の学校の児童とのアトピー性皮膚炎にかかる率を比較した調査結果が報告された。その結果、スタイナー校の児童は全体的にアトピー性皮膚炎になる率が低かったということだった。 この調査を行なったアルム博士は細菌やウイルスの感染、さらに腸管の細菌叢の種類や数の増加がアトピー性皮膚炎の発生を抑制しているのではないかと言っている。僕はかねてから、寄生虫ばかりでなく、細菌やウイルスなどの微生物と日頃からつき合っていると、アレルギー反応が抑えられると述べてきたが、アルム博士のこの報告は、この僕の考えを支持してくれるものだった。 僕はお母さんたちに訴えたい。子どもとともに外へ出て、泥んこ遊びをしてください。抗菌グッズや抗生物質の乱用をやめ、殺菌剤などはあまり使わないようにしてください。腕白で少々「汚い」子どもたちが、危なくなってきた日本を救う日本人に成長するのです。」(藤田紘一郎著『日本人の清潔がアブナイ』205頁から207頁) 確認したわけでないので、もしかすると私の勘違いかも知れないが、この「スタイナー学校」はシュタイナー学校、自由ヴァルドルフ学校のことだろう。少なくとも、ここで「スタイナー学校」の方針として述べられていることはシュタイナー学校でも行われていることだ。以前読書会をしているときにも、この話題になった。子どもをもつ親御さんは勢い、予防接種をできるだけ受けさせずにおこうと意気込んだ。その意気や良し。ただし、その前に、リスクを承知しておかねばならない。たとえわずかでも危険があることは確かなのだから。 しかし、あらゆるリスクを完全に回避することは不可能なのだから、危険を知ったうえで、決断することは意味があるだろう。ひるがえって見ると、生は平坦な一本道ではない。私たちの生は、生と死がたえずリズミカルに交替するダイナミズムにおいて営まれているのだ。 打ち明けて言うと、私はもう20年近く花粉症に関心がある。花粉症という実体を知る前に、私は花粉症という言葉を知っていた。なぜなのか。ルドルフ・シュタイナーは1920年前後にすでに花粉症に言及し、その対処法を語っているからだ。当時のヨーロッパで花粉症は、世界的に大流行して多数の死者を出したインフルエンザ同様に、人々の切実な問題となってきていたのだ。労働者との話し合いで、花粉症は再三再四いろいろな角度から検討が加えられている。
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