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ヴェレダの紹介

ヴェレダの紹介


ルドルフ・シュタイナーは、十九世紀末から、ゲーテや二ーチェら先達者の仕事を通して自家薬籠中のものとした、人間の過去と現在に関する認識を根底とした実践的アドバイスを、いわば未来への贈り物として、その活動の中期から後期、そして生涯の最後(1925年3月30日)まで与えるようになる。教育(教育学ではなく、教育実践)、農業(天体からの力と地球からの力を考慮に入れたバイオダイナミック農法)、社会経済(政治・経済・宗教、社会の三層化運動)、そして今回略述する医学など、その発言は多岐にわたっている。

『神秘学概論』とが『神智学』とか、いかにもオカルト的な本の著者だから、なんだか胡散臭い方法で除霊やら治療をしたのだろうと想像されたなら、それは事実とはかけ離れている。彼は、患者を治療したいと願った医者たちに、個々の病例に適した治療法の「示唆」を伝えただけだった。だが、そうすることによって彼は、偉大な霊能者と呼ばれるかわりに、彼に会ったこともなければ、彼について何も知らない人々(過去・現在・未来の)の治療や衛生にさえ関与することになったのだ。

たとえば、1920年代初めのイタ・ヴェークマンとの共同治療に端を発する"ヴェレダ"は、ドイツ有数の製薬会社に成長し、現在、ヴェレダ「生」薬を製造販売するネットワークは世界中に広がっている。

シュタイナーは生涯のきわめて早い時期に、ヤコブ・べーメやウィリアム・ブレイクら異常に霊能力の高い人たちが保持していた強力な幻視の氾濫する文体を捨てて、専ら知性に訴える、科学の批判精神にも耐えうる表現法を取る決心をした。私は、深い感動の念とともに、この事実を認める。シュタイナーの自伝や伝記を読み、彼のあらゆる学への知識が、十代からの彼のそれらへの精進から芽を吹いたものだと確信した人達が、自ら数学・生物学・幾何学・天文学・医学等を学びなおそうとするのも、もっともである。

さて、皆さんの中にも、知らぬうちにシュタイナーの世界観に基づくヴェレダ製品を使われている方がいらっしゃるかも知れない。薬事法のうるさい日本には、現在医薬部外品として、カレンドラ(キンセンカ)やイリス(アヤメ)などから作られた石鹸やオイルやローションなどが輸入販売されている。自然食の店などで、たいていの天然化粧品と同じくらいの価格で手に入れることができる。人工香料や化学保存剤を一切使っていないせいか、肌荒れを起こさないし、まるで森林浴をしているかのように気分が落ち着く(少なくとも私自身はそう感じる)。なんだか、よく雑誌に出ている驚異的な医薬部外品の宣伝めくので気がひけるのだが、ある赤ん坊がどんな石験にも肌が合わず親が困っていた時、カレンドラ石鹸・オイル・クリーム・パウダーを使ってみたら、肌は何の抵抗も示さなかった、以後カレンドラ・シリーズを愛用している、といった話を聞いたこともある。

ここでは次に、Weleda USA 1984 Catalog の一部を訳出してみょう。

ヴェレダ紹介

元来は小さい製薬会社として合衆国で機能し、オーストリア生まれの哲学者・教育者・科学者であったルドルフ・シュタイナー(1861-1925)によって生み出された哲学である人智学(アントロポゾフィ)の原理から開発された治療薬・化粧品を作り、また輸入した。数年後、ヴェレダの医学部門は小売製薬業に発展し、化粧品は健康食品業界に登場した。1971年、会社はスプリング・バレーに移り、バイオダイナミックス(科学的・人智学的有機農法)を実践しているスリーフォールド・コミュニティ(三層化共同体)と連動している。ここに、ヴェレダは、成分の質を保つべく自社薬草園を持っている。化粧品製造施設は、ルドルフ・シュタイナー友好財団、すなわち、老人看護に献身するあらゆる年代の人達の共同体に、ある。年配者の中には、ヴェレダの仕事に貢献している人もいる。ヴェレダは、革新的会社である。それは市場趨勢を追うことに集中するのではなく、新しい考えの発展に力を注ぐ哲学に基礎付けられている。

自然の最良の成分

ヴェレダ製品の組成は、自然のさまざまな王国から注意深く選びぬかれた、純粋で自然な成分を配合したものである。成分の多くは、ヴェレダ自身の植物園で、バイオダイナミック農法で育てられる。野生植物は、その自生地で取り入れる。成分を調合する際には、いろいろな製薬プロセス(浸出・煮沸・焼く・妙る・炭化する等を含む)が使われる。

妥協なき質を得るあらゆる手段

量ではなく、質が、ヴェレダの指導原理の一つである。製品は、小バッチで、細心の注意で意識的に調整される。植物と植物エキスは、純度と能力の最高水準を維持するために、定期的にテストされる。品質は、製造の過程で、色層分析を含むいくつかの手段で制御されている。ヴェレダは着色剤や化学保存剤を使わないし、原則として、動物実験を行なわない。可能な限り、製品の新鮮さを維持するために、ガラス容器が使われる。

完全に自然な健康と美のシステム ヴェレダは半世紀以上前に設立されたにもかかわらず、その製品と方針は、より自然な生き方に対してますます関心度を高めている今日の趨勢と完全に調和をしている。各々のヴェレダ製品は、皮膚・体・髪・口の保護における個々の問題に答を与えるべく作られる。毎日の摂生の一環としてまとめて使うと、それらは個人の健康と美の回復と維持に肯定的な貢献をすることができる。

ヴェレダの名前の由来

ヴェレダという名前は、60年前、ルドルフ・シュタイナーによってスイスの我が社に与えられた。ヴェレダはキリスト紀元の初期に生きた治療の巫女で、有名な歴史上の人物であった。彼女は、ローマの歴史家タキトゥスの著した物に何度が言及されている。ヴェレダは、今日ドイツにあるリッペ河岸のエクスターン・ストーンの有名な聖地近くに住んでいた。ゲルマンの部族ブルクテリの一人だった。治療の巫女として名高かったが、また、予言者としても崇められた。彼女の助けと助言を求めて遠所から大挙して人々がやって来た。彼女の祝福が、契約や取り決めのために求められた。論争の仲裁を頼まれることすらあった。

彼女の影響のもとに、ブルクテリ部族は他のゲルマン部族と連合し、南からのローマの侵入者を撃退する少数派に加わった。狡滑とワイロの、長期の策謀の後にのみ、ローマ人はブルクテリ人を同盟者から孤立させて遂に征服することができた。平和が実現されたが、ローマ人はヴェレダが部族に持つ影響力を恐れていたので、彼女を捕虜としてローマに連れて行った。そこで彼女は手厚い処遇を受け、捕虜のまま紀元80年頃ローマで死んだ。

我が社が名付けられたヴェレダは、この名前を持つ多くの者のうち最後の人であった。もっと昔には、ヴェレダは名誉称号だった。力量ある指導者の呼称であるカエサルの肩書き同様、ヴェレダは後世になって初めて個人の名前になった。

ヴェレダの名は、ケルトの時代にも登場する。イル・ドゥ・センというフランス西海岸沖の小さな、嵐にさらされた島は、ケルト秘儀センターであった。ドルイドの石が今もまだそこにある。そこでは儀式が、9人の僧によって執り行なわれた。その指導者がヴェルダ(Velleda = Weleda)のフランス語読み)だった。この僧達は植物と四大要素の特別な理解と、それらに対する親和力を持っていた。後にセンターを破壊し僧達を追い散らしたのは、またしてもローマ人であった。イギリスに逃げた者もいれば、フランスやドイツに行った者もいた。どこへ行こうとも、彼らは自分たちの知恵を使ってその土地の人々を助け、また治療したのであった。

今日、ヴェレダは、治療芸術に献身する会社として生き続けている。その製品は、それらを使う人々を助け、満足と喜びをもたらすべく、自然の物質から創造されている。

ヴェレーダの成立について、より正確で詳しい知識を得たいと思われたなら、市村温司編「ヴェレーダ論文集」(人智学出版社『人智学研究』第三号)をお読みいただきたい。

J.G.フレイザー『金枝篇』第7章には、「ヴェレダ(Veleda)として言及されている。(永橋卓介訳、岩波文庫版、巻1、216頁)
 
 
初出
「ゆずり葉」30号 かなや工房(金谷博雄) 1985年6月発行
もっとも初期のヴェレダの紹介文であろう。今ではずっと入手しやすくなった。


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